築地、魚河岸、旬ばなし [52]

衛生を厳しくチェックする“魚河岸Gメン”今日も行く

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 ゴワリとした白木綿のシャツとズボンにキャップ帽。くすんだ色の作業着姿が多い河岸のなか、目に白さが焼きつく制服姿の2人組が河岸を行く。帽子には、Food Sanitation Inspectorの縫い取り。肩書は東京都市場衛生検査所の食品衛生監視員。男女合わせて12人、5チームにわかれ、日々、築地市場の水産物や青果の安全性をチェックして回る"魚河岸のGメン"である。

 うちの店の前を通っていくのは、午前8時ころ。ちょっぴり険しい表情は、買い出し人と変わらない。が、鋭い視線の先が違う。某日、店頭で取り出したのは、水鉄砲みたいな道具。魚に向けてビビッ、赤く細い光が放たれた。実はこれ、赤外線放射温度計なるもので、食品に触れずとも、表面温度がわかるしくみ。魚介類の温度管理のチェックであった。

 店頭でのチェックは、このほか、食品の表示から魚の取り扱いまで多岐にわたる。

 いつだっけ。カキの生食用パックと加熱用を並べて売っていたら「加熱、生食の表示を」と、注意があった。その日は週末、バタバタの忙しさで、つい……。でも、そんな言いわけは無用の声音だったことを覚えている。

 1日あたり、約2000トンもの魚介類が入荷する魚河岸。ことに輸入量の増加やグルメ志向にともない扱う魚種は増えるいっぼうだ。その最前線となるのが早朝のセリ場。魚河岸Gメンの目はここでも光る。送られてきた魚の保冷状態、陳列などに不具合はないか。はたまた有毒魚はないか。

「多種多様な魚が入ってくるわけですから、ちょっとおかしいと思うものも、ときにあります。万が一つにも、そうした魚の流通があってはならないことですから」とは、衛生検査所管理課長の小川誠一さんだ。

 各監視員のポケットには、有毒魚介類のハンドブック。写真入りで細かく事例をしるしたそれは、監視員手作りの貴重なデータベース。仲卸が安心して魚を販売できるのも、こうした水際でのチェック体制があるからだ。

 しかし、魚河岸Gメンたる本領発揮の仕事は、市場内の巡回後に行われるさまざまなサンプル検査だろう。

 小川さんに案内されたセリ場棟の2階、ドアの向こうの光景に、驚いた。そこにはガスクロマトや液体クロマト、放射能測定装置など、さまざまな検査機器が並んでいた。

「理化学検査室といって、食品添加物や残留農薬、あるいは養殖魚に使われる抗生物質や貝毒について調べるのもここです」

 部屋の隣は、サンプルの魚介類をおろしたりする場で、出刃包丁から貝むきまでそろい、なにやら料理教室のような雰囲気だ。

「シジミの検査の日とかたいへんですよ。毒素がたまりやすい中腸腺をピンセットで採取するんですが、なにしろ検体は小さいし、量だって多いし。一日中、大騒ぎです」

 理化学検査室を出て、向かった廊下の奥は、外界と3重の扉で遮断された細菌検査室。おりしもパック入りの生食用カキの大腸菌検査の真っ最中だった。窓越しに中の様子を見学したが、見なれた顔をみつけた。顔が会えば、お茶目な笑顔が返ってくるひとだが、窓の向こうの顔はまるで別人。太い眉根を寄せ、真剣な表情で試験管に向き合っていた。賑やかに魚が売られているその裏で、こうした地道な検査が日々、行われているのだ。

 検査に引っ掛かると、廃棄や販売禁止の対象になる。ゆえに仲卸にとって、衛生監視員はどうかすると煙たい存在。ときには、店頭で罵声を浴びせかけられることも。

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「こっちも熱くなって、言い争うこともあります。しかし、それでいいんじゃないですか。消費者の目は、もっと厳しいのですから」

 小川さんの言葉に思い出したのは、新聞を騒がす食の不祥事。その原因は、常に食の安全に対する認識の甘さだった。市場の人間と魚河岸Gメン、なあなあの関係になったら終わりだろう。本日も、都民の胃袋を守るという重い使命を背負い、魚河岸Gメンが行く。


[今月の魚]
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北海道オホーツク海沿岸では、サケの定置網漁が終わると、ホタテ貝漁が始まる。流氷が運んできた栄養分たっぷりの海で育ったホタテ貝は、身がほどよく締まり、口のなかで長く余韻をとどめるほのかな甘さが特徴だ。ホタテ貝はクリスマスや正月に欠かせぬごちそう貝。入荷が本格化し始める12月に入ると、殻付きホタテの殻をむく光景も河岸のあちこちで見られる。

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中央卸売市場の食品衛生監視員は、獣医、薬剤師、そして食品工学、農芸化学などを履修したプロの集団。築地市場の場合、12人の 監視員のうち女性が半数。女性といえども、朝の4時に始まる早朝監視のために宿直などもあり、なかなかたいへんな仕事だ。

 
 
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