築地、魚河岸、旬ばなし [50]

アジにカマスにサンマ。
干物日和の幸せな季節がやってきた

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 河岸の合物屋(あいものや)さんの前に立つと、おいしそうなアジの干物を探す目になってしまう。

 20代のころだ。エッセイストの福島慶子さんが「お日様に干したフカフカの布団にくるまって休み、パリッと焼いたアジの干物で朝を迎える」幸せについて書いてらした。舞い上がるような感動を覚えたのは、それとは無縁の忙しいだけの日々を送っていたからだ。

 お日様の匂いがする布団とパリッと焼いたアジの干物。今もこの二つはセットで、わが幸せの象徴。もっとパァッとしたものないか、と探すが、小心者には思い浮かばない。心のすみに張りついたまま。だから、つい……。

 築地市場800ほどの仲卸のうち、合物屋さんは35軒。あちこち出没しては、物欲しそうな目をしてアジの干物を睨んでいる。

「合物屋」。耳慣れない言葉だが、河岸では干物を売る店をこう称している。「合物」を辞書で引くと、塩魚と鮮魚の間のもの、とある。棒ダラのようにカラカラに干してあるわけでなく、かといって生魚ではない。その中間。まさしく干物である。中世の言葉だそうだが、かつては塩蔵が最大の保存方法。魚を塩して干すにも、段階で呼びわけたことに、日本の食文化が改めて思い起こされる。

 合物屋さんの干物話は奥が深い。

「干物といえば、静岡県の沼津。とくにアジは全国の生産量の4割以上を占めてんだよ」

 と、合物屋「山忠」の若ダンナ。「箸でいただく食文化……干物」と銘打って、子供たちにお箸の持ち方から始まる干物の食べ方指導をしたり。天下一品のヒモノオトコだ。

「沼津はまず水がいい。富士の湧水、柿田川でしょ。それに西風が強くって雨が少ない」

 干物は塩水につけ、塩分を身に浸透させたのち、干す。水と風とお天道様が大切。沼津はそれがそろった地の利をいかし、江戸時代からきこえた干物の産地だった。

「それになんといっても、加工の技術。たとえば沼津のアジの開きは、骨の上にうっすら身を残す。骨の回りの身ってうまい。そのおいしさが味わえるおろし方なんだよ」

 多くは機械干しに変わり、自然条件の役割は減っても、この加工技術により、不動の地位を保っているのだ。

「おもしろい話があってね。カマスのように腹の皮が薄い魚は、背開きにすると形のいい干物になるんだよね。以前、九州では、腹開きが主流だったけど、沼津の加工業者が背開きを教えて以来、評価が上がったんだって」

 そんな加工技術の一端が窺われるのが、体長10cmほどの豆アジの開きだ。

「豆アジの値段なんてしれてるけど、この開きは卸値で一尾40円! ほとんど技術料ってとこだけど、これだけ器用におろせば、その価値はあるよね。こだわりの居酒屋とか、寿司屋も寿司の合間にちょっと出したりしてる」

 実はこれ、私も大好物。頭までカリッと食べられる。実にウマイッ。

「ウマイわけは、尾の先を見てよ。黄色っぽいでしょ。真アジでも希少な黄アジなんだよ」

 真アジは内湾や瀬に定着する「瀬つき」と沖合生活型の黒アジにわかれる。脂がのってうまいのは、瀬つき系の黄アジ。アジの開きも、それを原料にしたものがあるのだ。

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「ま、買うときは全体を見ることだよね。丸みをおびてふっくら肉厚なものがいい。原料としては九州近海から韓国・済州島のものが、脂がのっておすすめかな」

 そして焼き方。

「海の魚は身からって、昔から言うけどさ、身のほうから焼く。8割がた身を焼いたら、ひっくり返して皮を2割。身と皮の間に脂があるから、その逆だと、皮が焦げてしまう」

 最後に、今の干物、生っぽいものが多いが、朝の風に2、3時間干すと、ほどよく乾き、風味も増す。ハイ、私、実践してますとも。

 秋の気配を急速に増す10月。カマスやサンマ、メヒカリと干物の種類も増える。カラリとしたお天道様は、布団を干すにもいい。干物日和の幸せ月です、10月は。

[今月の魚]
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水っぽい魚だが、一夜干しにすると身が締まり、味もぐんと増すカマス。春と秋に旬を迎えるが、気分的には乾いた涼風が吹く秋。もちろん市販の一夜干しもあるが、挑戦してみては? 背開きにしたら、酒と水を半々にして海水ほどの塩分濃度になるよう塩を加えたなかに2時間ほどつける。そして、タ方から干して、乾いた朝風で仕上げる。ご飯、すすみますよ。

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生の魚については、「無塩(ぶえん)の魚」という表現もあった。日本の魚の流通は、いわば塩が座標軸だったといえる。冷蔵流通のない時代、山間部にはマグロですら塩漬けにして送るのが普通。無塩の魚はそれだけでご馳走、賛沢品だった。

 
 
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