小山薫堂の一食入魂 [77]

脂身の少ない700gのステーキは旨かったが
醤油を数滴垂らすとさらに旨くて完食できた

 
 
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、地球の裏側の牛肉大国で巨大なステーキに挑戦し、農耕民族と狩猟民族の違いを実感し、
東京のフレンチレストランでキノコ世界の格差社会について考えるのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真タン・ツィー・クゥン = 題字
 
 

×月××日

 飛行機を乗り継ぐこと3回。その間に出た機内食は5回。およそ30時間をかけて、地球の裏側、アルゼンチンに降り立つ。国としては身近に感じるアルゼンチンが、こんなに遠いとは思わなかった。

 南米のパリと呼ばれる首都のブエノスアイレスで真っ先に探したのは、ステーキ屋である。何しろアルゼンチンは世界でも有数の牛肉大国。日本の国民一人当たりの年間牛肉消費量は7kgに満たないが、アルゼンチンのそれは何と65kg! アルゼンチンの人たちは、日本人の10倍近くも牛肉を食べているのだ。そんな国のステーキが旨くないはずがない。

 ホテルのコンシェルジュに薦められ、「ラ・カバーニャ」という老舖のステーキ屋に入った。パリの古いカフェを思わせる洒落た店内。入り口のすぐ横には、ガラス張りになっている肉の焼き場が見える。そこに立つのは料理人というより、火の番人という表現が似合いそうな屈強な男たち。炭の火加減を調整しながら注文が入るのを待っている。

 メニューを開いて驚いた。ブエノスアイレスで最高級の店、と聞いていた割にはどれも安いのである。プライムリブステーキが約2500円。その横には「1000g」という表記が見える。

 え? 1kgのステーキがたったの2500円?

 1kgも食べない客には、普通のフィレやTボーンなども用意されている。それらは1500円前後という安さだ。迷った末に、男3人でTボーンとリブアイとベイビービーフ(仔牛)という3種類のステーキを頼んでみることにした。

 待つこと20分……運ばれてきたステーキを見た瞬間、全員が口をつぐんだ。覚悟はしていたものの、その大きさは想像を超えていた。1kgまではいかないが、どう見ても700gはある。ナイフとフォークを手にした時、これは戦いであることを実感した。

 早速、ナイフを入れてみる。3人ともあえて違う焼き方にしてみたのだが、その通りに仕上がっている。表面はカリカリ、断面は絶妙のピンク色。脂身の少ない肉を口に含み、力強く噛みしめると一気に肉汁が溢れ出た。そうそう、この感じ。日本の霜降り肉ばかりを食べていた最近の自分がやけに軟弱に思えてくる。ステーキはアゴが疲れるくらいがちょうどいいのである。狩猟民族の好む肉と、農耕民族の好む肉の違いを実感。アルゼンチンの重たい赤ワインがこれまた抜群の相性である。

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牛肉大国アルゼンチンで食べた巨大なステーキは噛みしめてこその旨さ。狩猟民族の料理だ。

 塩と胡淑だけで充分旨い! のだが、さすがに300gくらい食べるとだんだん飽きてくる。その時、同席していたM氏が鞄の中をゴソゴソやって何かを取り出した。

「ジャーン!」

 M氏の手には、携帯用の小さな醤油が握られている。一応、店員の目を気にしながらアルゼンチンビーフに醤油を数滴垂らしてみた。

 おぉ、やっぱりこの味! 醤油と肉汁が混じり合い、さらに旨味が増す。結局、一人で700gの肉を完食してしまった。脂身が少ないせいか、食べたあとも胃に負担を感じない。終わってみれば、ステーキを食べるということがスポーツに思えたくらい、それは清々しい時間であった。

 日本の霜降り牛神話はいつまで続くのだろう? アルゼンチンは牛肉の学校かもしれない。

×月××日

 秋の到来を胃袋で実感したくて、恵比寿の「マッシュルーム」に行く。店名の通り、ここはキノコ料理で有名なフレンチレストランである。シェフの山岡さんはキノコおたく。自ら山に入り、キノコを採取しては店で出している。

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キノコの季節到来。“キノコおたく”のシェフがつくる珍しいキノコのソテー(上)から、セップ茸のアイスクリーム(下)まで、キノコ尽くしで秋を満喫した。

 この日はまず“アカザ海老とハナビラ茸のブイヤベース仕立て”でスタート。ウニのソースがハナビラ茸に合っている。次に“旬の美味しいキノコたちのソテー”で8種類の珍しいキノコを堪能。“牛ほほ肉と福岡産極厚原木椎茸の赤ワイン煮込み”で椎茸のおいしさに感動した。そして最後に出てきたのは、何とセップ茸のアイスクリーム。トリュフのアイスクリームにも匹敵する大人のデザートである。

 帰り道、秋の気分に浸りながら、僕は再確認した。希少価値で値段が高い松茸より、自分は断然椎茸派である。味だけで言うなら、絶対に椎茸のほうが旨いと思う。にもかかわらず、あの値段の違いは何だろう? キノコの世界も格差社会に陥っている。これは早く解決すべき問題……ではないでしょうか?

×月××日

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ペニンシュラで生まれたXO醤。2本の唐辛子が「X」、丸い皿が「O」を表している。

 9月1日にオープンしたばかりの「ザ・ペニンシュラ東京」に行く。お目当てはメインダイニングの「ヘイフンテラス」。ホテルの客室以上に、僕はこのレストランのオープンを心待ちにしていたかもしれない。何しろ厨房で鍋を振るのは、「ザ・ペニンシュラ香港」のメインダイニング「スプリングムーン」の元料理長、タン・ツィー・クゥンさん。かつて「スプリングムーン」の中華が食べたくて、一泊で香港まで行ったことがある自分としては、今年一番のビッグニュースなのである。

 今や誰でも知っているXO醤は、「スプリングムーン」で生まれた。ちなみにXO醤という名前は当時香港の金持ちの間で流行っていたコニャックのXOからとったもので、最上級の調味料という意味である。「ヘイフンテラス」ではその「スプリングムーン」と同じXO醤が使われている。テーブルに置かれたXO醤をよく見ると、2本の唐辛子をXのように配置。丸い皿を0に見立て、XO醤を表現しているそうだ。このXO醤を添えれば何でも旨くなるのだが、特に良かったのは、“豚バラ肉の角煮 宝塔仕立て”。

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見事な構造(?)の“豚バラ肉の角煮 宝塔仕立て”は、味も見た目に負けない傑作だ。

 巨大な豚バラ肉の角煮に包丁で切れ目を入れ、そっと持ち上げて塔の形にした料理。これを外から一枚ずつはがし、中華蒸しパンに包んで食べる。目で見て楽しいだけではなく、角煮を薄くスライスして食べるというアイデアが伝統の味を新しいものにしている。

 すでに店は大人気で、予約はしばらく先まで埋まっている模様。ジャンルに関係なく、今、東京で最も注目すべき料理店だと思う。


「マッシュルーム」 東京都渋谷区恵比寿西1-16-3 ゼネラルビル恵比寿西2階 TEL.03-5489-1346
「ヘイフンテラス」 東京都千代田区有楽町1-8-1 ザ・ペニンシュラ東京2階 TEL.03-6270-2738
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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