小山薫堂の一食入魂 [75]
日本の料理人を信奉している
スペインのフレンチシェフは
“地球料理”に挑戦しているようであった
- 人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

あるいはアメリ力人の知人に奇想天外な肉じゃがをご馳走し、そして
国境を超え地球規模で美味が進歩していることに感動するのであった。
×月××日
去年から月に一度、銀座の「壬生」に通っている。服部幸應さんの紹介で入店を許されたこの店は、日本料理店という範疇を超えている。“料理店”というよりも、日本料理をきっかけに日本の文化を学ぶことができる“食の寺小屋”なのである。店から渡された月謝袋に毎月決められた金額を入れて支払いをする、というシステムも寺小屋っぽい。季節、食材、器、空間の設え……これらを上手に使いながら料理という物語が紡がれる。皿の上で表現されるのは、アイデアの一発勝負ではなく、歴史から導き出された一つの哲学。そして何より、だしが完壁で、料理そのものが言葉を失ってしまうほどにうまい。壬生に行くたびに、日本の文化の奥深さを知り、日本料理の素晴らしさに感動してしまう。

- 上はエメンタルチーズのソースをかけたハーブサラダ。下は牛乳の膜をミルフィーユ状にしたデザート。湯葉がヒントだとか
その壬生で食事をしたあと、女将さんに何気なく「来週、スペインのサンセバスチャンに行くんですよ」と言ったら「もしかして、ムガリッツに行く?」と聞かれた。どんぴしゃである。「ムガリッツ」は今回のスペイン旅行で一番楽しみにしていたミシュランニツ星のレストラン。ムガリッツに行くために、サンセバスチャンまで足を延ばすと言っても過言ではない。その名前が当たり前のように出てきたので驚いた。
「アンドー二君というシェフがいるから、メッセージを持ってって」と女将さん。早速、壬生のご主人と女将さん、厨房で働く人たちのメッセージを携帯動画で撮影した。
そして翌週、携帯電話を持ってムガリッツへ。食事を始める前、ギャルソンに「東京からメッセージを持ってきたので、シェフに合わせて欲しい」と言ったら、厨房に案内してくれた。ハテナマークで現れたシェフに動画を見せる。その瞬間、シェフの表情が変わった。「オォ〜、ミブ!」と唸り、手を胸にあてて真剣な表情で画面を見つめている。ご主人のメッセージが終わったあと、シェフは両手を合わせて携帯電話を拝んだ。

- 「ムガリッツ」はテーブルに置かれたオブジェもおシャレ! 実は「龍吟」にもこれがある。
壬生を信奉しているフレンチシェフが作り出す料理はどれも素晴らしかった。中にはかつおだしを使ったものも出てくる。明らかに湯葉を真似たデザートもある。しかし僕が一番好きだったのは、エメンタルチーズのソースをたっぷりかけたハーブのサラダ。素朴な食材を美しく飾りつけ、繊細にして複雑な味わいを作り出す。こんなにおいしい野菜を育ててくれた大地に思わず「ありがとう」と言いたくなる一皿だった。
食材に逆らわない日本料理の控え目な美と、先端の調理器具を使うフランス料理の華やかなテクニックをムガリッツの料理に感じた。
かつてスペインはコロンブスに新大陸の発見を命じ、大航海時代の幕を開いた。そして今、スペインのシェフたちは食の大航海時代の中心的存在となっている。彼らは、○○料理と決め付けるのではなく、世界中の料理のいいところを組み合わせた地球料理に挑戦しているのかもしれない。
×月××日
ある日、銀座の寿司「さわ田」に閉店ギリギリに駆け込んだら、珍しく客は一人しかいなかった。しかも外国人である。背筋をピンと伸ばし、熱いお茶をすすりながら一人で黙々と寿司をつまむ姿は、日本人以上に日本人らしく見える。狭い店内にいる二人の客の距離が縮まるのに、そう時間はかからなかった。
ランディという名前のアメリカ人で、2〜3カ月に一度、東京に来ているらしい。その時の一番の楽しみが日本の食。日本語は全く話せないのに、食に関する日本語は何でも知っているのである。「ウニ」や「トロ」といった定番の寿司ネタはもちろん、「アワビノキモ」「コノワタ」「クチコ」「オドリグイ」などディープな食用語を普通に使う。
そんなヘンテコなアメリカ人と食友達になり、ランディさんが来日するたびに一緒に食べ歩くようになった。
ロサンゼルスのビバリーヒルズに住んでいる彼は、世界中の名店を知り尽くしている。東京では寿司と天ぷらの名店をほぼ制覇していた。そんな彼を何とかギャフンと言わせたい……そう思った僕は、六本木の日本料理「龍吟」に案内することにした。日本のソウルフードを、しかし、最先端の調理法で食べさせたかったからだ。主人の山本征治さんに頼めば、きっと面白いものを出してくれるに違いない。
期待しつつ席に着く。様々なサプライズ料理でランディさんを驚かせたあと、この日のクライマックスに登場したのは……レアに焼き上げたピンク色のステーキ。傍らにはカリカリにした粉末のじゃがいもと一片の玉葱が添えられ、肉の上にはオーストラリアから輸入した黒トリュフが山盛りに乗っている。季節はずれのトリュフはサプライズだが、拍子抜けするくらいに普通の料理である。が、しかし……一口食べて驚いた。肉を口に含んだ途端、肉汁以上の旨味が溢れ出る。日本人の魂をくすぐるこの旨さは一体何だろう? あ、あぁ、これは……肉じゃがだ!
ステーキの中に肉じゃがの旨味が閉じ込められている。なのに焼き加減はレア。一体どんな魔法を使ったのだろう?

- 「龍吟」の肉じゃが。日本料理店ではあるが、その枠を超えた発想でいつも楽しませてくれる。
「肉じゃがは煮込むほど味が沁み込むけど、肉の良さが台無しになっていきますよね。だから肉の魅力を残しながら、肉じゃがの味を再現したかったんです」
山本さんはそのために、日本ではまだほとんど導入されていないガストロバックという最先端の調理器具を使ったらしい。気圧を変化させることで肉を膨張させ、肉の繊維の隙間に肉じゃがの旨味を沁み込ませたのだ。
狙い通り、ランディさんは「トテモオイシイデス」を連発。しかしオリジナルの肉じゃがを知らない分、感動は薄いようだ。むしろ僕のほうが大興奮している。作戦は成功したような、失敗したような……。
さて、次は彼をどこに案内しようか。
×月××日

- 「たこやきらぼ」のたこ焼き。今回の題字は店長の山内直也さんに書いてもらった。
「東京カレーラボ」に続き、大阪の難波に次なるラボを開いた。大阪と言えば……粉もの! そこで考えたのは、「たこやきらぼ」。
赤玉(えび味)、黒玉(イカ墨)、白玉(チーズ)の三色たこ焼きをつまみつつ、生ビールやワインを飲む、たこ焼きバールである。どうか大阪のみなさん、鍛えてやってください。
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「龍吟」 東京都港区六本木7-17-24 サイド六本木ビル1階 TEL.03-3423-8006 「たこやきらぼ」 大阪府大阪市浪速区難波中2-10-25 なんばこめじるし内 TEL.06-6644-2663










