小山薫堂の一食入魂 [72]

箱の生ウニ、焼きスッポン、アワビのカレー……。
その割烹は遊び心満載の粋人たちの食卓だった

 
 
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、京都の割烹、白金のフレンチ、東京ミッドタウンのイタリアン、
そして東京タワーに出店したカレー店を巡り、「いい店」の作り手たちの
技と気持ちについて考えたのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真東京カリ〜番長
水野仁輔 = 題字
 
 

×月××日

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多彩な“遊び”を繰り出す「ます多」の主人、増田隆さん。

 京都・祗園の達人、S氏の誘いで「都をどり」を観たあと、御幸町の「ます多≪ますだ≫」という店に案内される。カウンター8席と座敷がひとつだけの小さな割烹料理屋。店内の様子に関してだけ言えば、舞妓さんや芸妓さんの千社札≪せんじゃふだ≫がたくさん貼ってある以外はさして特筆すべき点は見当たらない。

 ところが、いざ料理が始まってみると……とんでもない店であることが判明した。

 いきなり目の前に生ウニを箱ごと置く主人。朝青龍のような笑顔を見せながら「海苔で巻いて召し上がってください」と言う。生ウニを箱食いするなんて、初めての体験だ。その感激に浸りつつふと主人を見れば、今度は立派な活き伊勢海老を人数分だけ蒸し器に入れている。タケノコの木の芽和えもさりげなく絶品だし、漬けにしたマグロもうまい。そして絶妙なだしを張った焼きスッポンの何と香ばしいこと! 特上の霜降りビーフは、ステーキとビーフカツに! 最後は驚くほどうまいアワビのカレーまで出た。

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包丁で削り上げた氷に注いだ芋焼酎のロック。

 つまりここは京料理をベースにしながらも、客のワガママに応じて何でも作る京都の粋人たちのための食卓なのである。

 ここの常連でもあるS氏は、途中で「芋焼酎のロック」を注文。すると主人は氷の塊を取り出し、柳刃包丁で器用に削り始めた。何をするのかと思えば、グラスとほぼ同じ形の、しかし少しだけ小振りな氷を削り上げた。それをグラスに入れると見事に収まる。そこに芋焼酎を注ぐのである。クラッシュ氷を上に乗せて完成となる。一見、グラスには何も入っていないように見えるが、実は氷の上に焼酎が乗っている不思議な飲み物となる。こういう遊びを、包丁一本でさらりとやってのけるところが凄い。

 満腹になって帰ろうとしたら、主人が手みやげをくれた。宿に戻り、包みを開けてみると、キャベツ山盛りのビーフカツサンドが入っていた。たぷんその夜だけで2キロは太ったと思う。

×月××日

 西麻布のグランメゾン「ザ・ジョージアンクラブ」で支配人を務めていた春藤祐志さんが独立して店を出したという噂を小耳にはさみ、早速、出かけてみる。白金のはずれにあるこぢんまりとしたフレンチレストラン。その名を「オレキス」という。オレキスとは「欲求」あるいは「食欲」を意味するギリシア語らしい。

 黒をべースにしたシックな空間に30の席が用意されていて、照明はかなり暗い。ワインバーではなく、フレンチレストランでこの暗さは好みが分かれるところだろう。

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「オレキス」は安定感のある味と艶のあるスタイリッシュさを見事に両立させている。

 春藤さんは「本格的なフレンチでありながら、男と女が使う艶のある店を作りたかった」のだと言う。なるほど、これまでそういう店は意外になかった。通常、インテリアがカッコ良すぎる場合、料理が負けてしまうことが多いが、ここは違う。銀座の「レカン」や「ザ・ジョージアンクラブ」で研鑽を積んだ山本聖司シェフの料理は、安定感のある味付けでありながら、そのスタイルは冒険している。スタイリッシュでありながら、その根底にはクラシカルな部分があり、きちんとうまいのだ。

 今のところ、選べる料理はやや少ないが、厨房が落ち着いたらメニューのバリエーションは当然増えていくだろう。ワインの価格設定もなかなかリーズナブルで、ラストオーダーは23時30分。

 これでまたさらに、東京の夜が楽しくなる。

×月××日

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東京ミッドタウンの「カノビアーノ カフェ」は最上の光を味わえる店だ。

 東京ミッドタウンに登場したイタリアンレストラン「カノビアーノ カフェ」に行く。

 緑の芝生に囲まれた安藤忠雄設計によるコンクリート打ちっぱなしの店舖は、レストランというよりまるで美術館のようだ。おそらく太陽の動きを計算した上で設計されているのだろう、巨大なガラス窓があるにもかかわらず、直射日光が入ってこないため少しも眩しくない。おそらくここは今、東京で最も極上の光を味わえるレストランでもある。

 それ以上に驚いたのが最新式の厨房だ。

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「カノビアーノ カフェ」の植竹シェフご自慢の最新式キッチン。家にも欲しい!

「うちが第一号なんです!」と言ってシェフの植竹さんが見せてくれたのは……IHのコンロ。その真下の引き出しを開けると、小さな冷蔵庫になっている。ニンニクなどの頻繁に使う食材をあらかじめ切ってここにストックしておけば、スムーズに調理ができるというわけだ。コンロと冷蔵庫が一体になった世界初のオール電化厨房……このアイデアが家庭のキッチンに導入される日も近いのではないだろうか。

×月××日

 東京タワーの2階に「東京カレーラボ」を出店して早くも一カ月が過ぎた。東京カリ〜番長が開発したカレーは全部で4種類。未体験のクリーミーさがポイントのアーモンドチキンカレー、肉の食感を意識したダブルミンチカレー、特別な香辛料を使ったスパイシーポークカレー、玉ねぎの甘さが主役のオニオンチキンカレー……それぞれに個性が光り、どれもうまいが、個人的にはスパイシーポークが一番気に入っている。

 毎日たくさんのお客さんに来ていただいているものの、反省すべき点も多い。特に今回、オペレーションの難しさというものを痛感した。メニューを開発している時点でたとえ「100点満点の味」が出来ても、それを実際の営業でそのまま再現することがこんなに難しいとは思わなかった。必要以上に待たされれば気分は悪くなるし、グラスや皿が少しでも汚れていたら食欲が減退してしまう。些細なことで食べる側のモチベーションは大きく変わってくる。

 そして何より、毎日同じ味を作り上げる……この最も単純で、最も大切なことが難しい。

 これは料理店に限らず、家庭でも同じことだろう。そう、食べ手として「うまくて当たり前」ではなく「うまいことは凄いこと」の気持ちが大切なのだ。作り手に対する愛情と感謝の気持ちを、いつ何時も忘れない……それが一流の食べ手であろう。たとえ同じものを食べても、そういう気持ちを持っている人のほうがきっとうまく感じるに違いない。そして断然、そういう人のほうが幸せである。


「オレキス」 東京都港区白金2-3-3 カームコート白金高輪1階 TEL.03-5918-8311
「カノビアーノ カフェ」 東京都港区赤坂9-7-5 東京ミッドタウン内 TEL.03-5413-3226
「東京カレーラボ」 東京都港区芝公園4-2-8 東京タワーフットタウン2階 TEL.03-5425-2900
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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