小山薫堂の一食入魂 [71]
ポンド高騰でロンドンの物価は物凄く高くなった。
そして食のレベルも驚くほど高くなっていた
- 人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

ロンドンでレストランのレベルの高さに感心し、
イタリアで一ツ星を獲った日本人シェフの新店に期待するのであった。
×月××日
ミシュラン東京版の出版発表パーティーに出席する。世界で最も厳正に審査されるレストランガイドブックの東京版は、今年の11月に登場するらしい。
自動車がまだ珍しい乗り物だった頃、一人でも多くの人にドライブの楽しさを教えるため(言い換えれば、まだ消費量の少なかったタイヤを長距離ドライブでよりたくさん擦り減らしてもらうために)、タイヤメーカーがガイドブックを発行する……という戦略が1900年に考えられたことに驚かされる。

- ミシュラン東京版の発表会場ではビバンダム君がお出迎え。どんな内容になるのか楽しみだ。
星による格付けが始まったのは、1930年から。その格付けの鍵を握る覆面調査員たちは、まずホテル学校などに入学させられ、味やサービスのプロフェッショナルとして徹底的に鍛えられるらしい。ごく普通の客として昼と夜に噂のレストランで食事をして、空き時間にレポートを書く……そんな毎日を繰り返さなければいけない覆面調査員たちは、羨ましくもあり、気の毒でもある。純粋に楽しむために食べる……この自由を許されている僕たちは、何て幸せなのだろう。
調査員の人たちは今日も仕事として、どこかで美味しいものを食べているに違いない。パーティー会場となった六本木ヒルズを出たあと、僕は歩いて魚料理の「田はら」に行き、究極の鰺フライを食べた。サクサク・フワフワの食感で、ここの鰺フライは間違いなく世界一うまい。ミシュランの調査員は、果たしてこの店まで調査に来るのだろうか? もしココの鰺フライまで網羅しているとするなら、凄いガイドブックだと思う。11月の出版が楽しみだ。
×月××日

- 人気シェフ、ゴードン・ラムゼイがプロデュースする「MAZE」のリゾット。すべてが小皿料理。
たった二泊のロンドン旅行。ポンドの高騰により、ロンドンは恐ろしく物価の高い都市になっていた。地下鉄の初乗りが何とおよそ700円。ファミリーレストランのような店で普通の朝食を食べようと思うなら、2000円あっても足りない……それくらい高いのだ。しかし、高くなったのは値段ばかりではない。この数年でロンドンの食のレベルは驚くほど上がったと思う。世界中のフードジャーナリストが投票して決める「ザ・ワールド50 ベスト・レストラン」でも、フランスの有名店を押しのけ、ロンドン郊外にある「ファット・ダック」が常に上位につけている。
今回、色々と巡った中で一番自分の好みに合っていたのは、ゴードン・ラムゼイがプロデュースしている「MAZE」というフレンチレストラン。要は「エル・ブリ」スタイルの小皿料理なのだが、全てをアラカルトで注文できるのである。タパスのような感覚で、ワインのつまみになりそうなものをオーダー。物価の高いロンドンにあって、一皿1000円前後の価格設定はとても魅力的だ。一人6皿くらいがちょうどいい。ワインのつまみとして5皿ほど頼み、最後にリゾットで締めた。

- 「MAZE」はオペレーションが凄い。小皿のアラカルトを客がバラバラに注文しても完壁なタイミングで出てくる。
ここで感心したのは、オペレーションのスムーズさ! 各テーブルが非常に複雑なオーダーを出しているにもかかわらず、完璧なタイミングで出てくる。たとえ同じ料理を頼んでいたとしても、その人の他の料理とのバランスで出る順番が違ったりする点も凄い。
厨房を覗かせてもらったら、16人の料理人と二人のエグゼクティブシェフがまるでスポーツをするように料理を作っていた。
×月××日
知人の紹介で、イタリアから帰国したばかりの日本人シェフに会う。名前は堀江純一郎。ピエモンテの「ピステルナ」という店でオープニングシェフを務めた彼は、開店からわずか1年半足らずでこの店に星をもたらした。ミシュランのイタリア版で、日本人として初めて一ツ星を獲った料理人なのだ。
堀江さんの作る料理は、ピエモンテの骨太な伝統料理。マンマの味が染みついている彼は、自分の目指す料理をこう語る。
「食材同士の相性を考えるのが、日本人の作るイタリアン。強い食材同士を正面からぶつけ合うのがイタリア人の作るイタリアン。僕が目指すのは後者です」

- 西麻布に開店する「ラ・グラディスカ」の店内。今回の題字は堀江シェフに書いていただいた。
そんな堀江さんがついに店を開くというので、まだ工事中の店舖を見に行ってみた。場所は西麻布の超有名フレンチ「ブルギニヨン」のすぐ隣のビルの地下だ。
店の名は「ラ・グラディスカ」という。内装の基本工事がようやく終わったという状態だったが、入った途端、ここはいい店になると直感した。シンプルでありながら温もりのある空間。堀江さんの骨太な料理が映えそうな気がする。サービスのメンバーも笑いのツボを心得ている人間ばかり。楽しい店にならないはずがない。店内のBGMには何を流しますか? と尋ねると「音楽を流しても、きっとお客さんの声にかき消されるでしょうから、まだちゃんと考えていません」
と堀江さんは笑った。
×月××日
久しぶりの休日に料理が作りたくなって、丸の内の「ラ・エミーズ」へ行く。ここは料理研究家の井上絵美さんが企画・運営している食のセレクトショップだ。食器やカトラリー、調理器具から食材、調味料まで、井上さんのお眼鏡にかなった商品だけが置いてある。いつも形から入る自分としては、ここに行くと素人シェフ魂が刺激されるのである。

- 料理研究家の井上絵美さん(右から2人目)が開いたオシャレな料理教室は魅力的だった。
とりあえず、ペンギン食堂の"石垣島ラー油"と悪玉コレステロールを減らす金田油店の"五味一体 寿"という特別な油を購入。そして帰ろうとしたら、井上さん本人が現れた。
「ちょっと、こっちも見てって!」
ショップの隣に、ガラス張りのオシャレな料理教室が併設されている。インテリアの雰囲気が今までのエミーズとは違うなと思ったら、そこは男の生徒を強く意識した「フランベール」というスクールだった。男性クラスの講座内容を見ると、ジューシーハンバーグ、半熟オムライス、スパイシー照焼きチキンサンドなど、男がよだれを垂らしそうなメニューが並んでいる。しかも、先生は美女揃い! ここに、自分の時間とお金を投資してみたくなった。
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「田はら」 東京都港区西麻布3-5-4 TEL.03-5410-0200 「ラ・グラディスカ」 東京都港区西麻布3-3-23 フィルドア西麻布地下1階 TEL.03-5918-7055(4月中に開店予定) 「ラ・エミーズ丸の内店」 東京都千代田区有楽町1-12-1 新有楽町ビル1階 TEL.03-3211-0610
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