河岸の女性は働き者。
80歳のネエサンが今日も大活躍
場内の「豊ちゃん」でカキアタマライスを注文した。今シーズンは、ノロウイルス渦によりカキの売れゆきは超不振。カキの業者さんを思うと胸が痛む。だから個人的には、生涯でもっともカキを食べたシーズンである。
さてカキアタマライス。この店では、カツ丼のカツ煮と飯を別々に装ったものをアタマライスといっている。カキアタマライスはその応用篇、卵でとじたカキ煮と飯である。プリプリしたカキを頬張っていると、「豊ちゃん」のおかみさんの声が耳に飛び込んできた。
「アラ、アタシ、昭和2年生まれよ」
私、自分の年は言いたがらないくせに、女性の年はやたら気になる。素早く頭で計算すると、エェーッ、今年で80歳! 絶句!!
おかみさんの長田光子さんは、いつも三角巾と白衣でキリリと身を固めているが、眼鏡のデザインや白衣の襟元から覗くブラウスなどの質感から、かねてよりお酒落な方と睨んでいる。いつもカウンターのなかでお新香切ったり、注文を通したり、お客さまに応対したり。閉店後、先頭にたって掃除する姿もよく見かける。細身で色白。言葉は歯切れよく、チャキチャキの凜とした江戸前の女といった感じの素敵な女性である。
おかみさん、何時に店に入るんですか、と聞いてみた。
「4時半過ぎね。オープンは6時だけど、器の用意したり、厨房の若い衆、手伝ったりするとアッという間だわよ」
仕事を終えて遅いお昼をとるのが午後3時。それまでほぼ立ちっぱなしというわけだ。
ああ、80歳。あぁ、ほんとよく働くなぁ。
いやいや河岸の女たち、みなそうだ。おかみさんのように働き者が多い。男の仕事場のように思われている河岸だが、女たちの活躍する場でもあるのだ。
たとえば茶屋番。茶屋というのは、飲食店や魚屋さんなどが市場で買ったもろもろを配送する場所で、そこを仕切るのが茶屋番。年配の女性も多く、飲食店の仕込みに間に合わせ、河岸から荷が届くのは、こうしたネエサン方の裁量によるところが大きい。
仲卸の店でも、貝むきは圧倒的に女性の仕事で、貝の目利きはもちろん、相場や入荷状況にもくわしく、すし屋のダンナ衆も頼りにしている存在だ。帳場も、長年の経験をもとに超ベテランの女性が担当することが多い。朝一番、築地に着く電車はそんなネエサン方のやる気と熱気でムンムン、車両のドアが開くや、いっせいに飛び出していく。
「そうよ、楽しいのよ、河岸の仕事は」
おかみさんが、話してくれた。
「アタシ、日本橋の生まれで、父は松坂屋デパートの注文服の仕立てやってて、河岸とはまるっきり関係なかったの。でもご縁があってここへお嫁にきたんだけど、ぜったい店の仕事はさせないって約束だったのよ」
でもまぁ、人手が足りなきゃ、洗い場を手伝ったり。だんだんとはまりこんでしまった。
「好きなのね、河岸の雰囲気が。昔なんてね、座るなり『飯は品川の先だ』でしょ。目を白黒させてると、「そんなことも知らねえのか』って。品川駅の先は大森駅だから大盛りってことなのよ。みそ汁に卵を落とす注文は『玉落ち、四谷』。築地から新宿までの間、半分ぐらいのとこにあるのが四谷。つまり卵は半熟に煮ろって。せっかちな癖に、なんか洒落の一つも言わなきゃすまないのよね」
笑ううちに日が過ぎた。2年前は、店のお客さんのつてで、ニューヨークのヤンキーススタジアムへも行ってきた。
「球場にも立ったわよ。河岸でアタシぐらいよ、あそこの芝生を踏んだことあるのは」
少女に戻ったおかみさんの笑顔、いいなぁ。
本年、私は店の若い衆にこう宣言した。
「今年は年寄り色を強くするつもりだから、いたわるのよ、私のこと」
ケッと一笑にふされたが、河岸でそれを望んだ私がバカだった。本日もネエサン方に負けじと重い魚の箱をエッチラ運んでおります。
- [今月の魚]

- 通称カラトリ。殻に入った鳥貝が入荷した。海水に浮かべて店頭に並べるが、黒い足をのばし、やたら元気いい。韓国産に始まり、兵庫や香川、やがて江戸前に伊勢とシーズンは晩春まで続く。生で鮨ダネにすると、香りといい、食感といい、むき身で入荷するものとは別物といっていいぐらい磯の香りが濃い。殻はもろいが、裏はうっすらピンクをおびている。この殻をよく洗って、お雛様の雛アラレをのせることにしている。
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江戸っ子は駄洒落好き。駄洒落を地ロ(じぐち)といって、会話にも取り入れ、楽しんだ。「豊ちゃん」での駄洒落は、その名残か。そこでもう一つ。カツカレーは人力車。「豊ちゃん」ではカツカレーを、のっけがけと呼ぶ。人力車も、(ひとを)乗っけて駆ける。











