小山薫堂の一食入魂 [70]
日本茶ソムリエが丁寧にいれてくれた幻のお茶は
日本人の魂を揺さぶるような"だし"であった
- 人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

思わず目からウロコと涙が落ちた。
そして、間もなく「東京力レーラボ」がオープン。
謎のスパイスの辛さをご堪能あれ!
×月××日
「目からウロコが落ちる」という慣用句があるが、久しぶりに"ある食べ物"で目からウロコが落ちた。その食べ物とは……お茶である。
表参道に「茶茶の間」という和カフェがある。そこの店主、日本茶ソムリエの和多田喜さんが遊びに来た。
「今日は幻のお茶を持って来ました。まぁ、飲んでみてください」
と言う。その表情から察するに、随分と白信がありそうだ。
それは「摩利支(まりし)」という名の日本茶だった。なぜ幻かと言えば、このお茶を作っていた山森美好さんという職人さんが、若くして突然他界してしまったから。日本茶はワインと同じように、作り手が変われば味もガラリと変わるらしい。和多田さんは山森さんのお茶と出会い、今の仕事を始めた……それほど大事な人だった。
日本茶をいれる時は、お湯は熱すぎないほうがいい。熱いとお茶のうまみが分からなくなるためだ。和多田さんは右手に持ったポットを高々とあげ、テーブルに置いた別のポットに湯を移す。細い滝となって湯が落ちるその高さは、およそ1メートル。これを何度も繰り返して湯に空気を含ませた。
いよいよ、湯を急須に注ぐ。ここでまず、驚いた。湯を一気に注ぐのではない。急須に入った茶葉の淵に、湯を一滴ずつ静かに垂らしていくのである。垂らす、というよりも、"湯を一滴ずつ茶葉に乗せていく"と言いたくなる程の丁寧さだ。こうすることで、茶葉の表面にあるアミノ酸だけを取り出し、一切雑味の無いピュアなうまみを抽出できるのだと言う。

- これが幻の銘茶「摩利支」。一滴を口に含んだだけで、体全体に香りが染み渡るような感じ。
一煎目が差し出され、再び驚いた。小さな器に入っている幻のお茶の量は、実に……ペットボトルのキャップ、3分の1程度。舐めるほどしかない。
僕は思わず、
「たったこれだけですか?」
と尋ねた。すると和多田さんは
「はい、それだけです」
と、キッパリと言い放った。
早速飲んで、いや、舐めてみる。日本茶ソムリエの人生を変えた幻のお茶だ。
口に含んだ最初の感想は……。
「なんじや、こりゃ?」
初めて体験する香りと味。これはもう、お茶の概念を超えている。日本人の魂を揺さぶるような"だし"である。目からウロコが落ちた。
一滴口に含んだだけで、その香りはしばらく残っている。体の内側に、静謐な香水をつけたような気分になった。そう、このお茶は心の香水なのだ。
二煎目以降は普通のお茶と同じようにいれ、四煎目を終えたところで、和多田さんが急須から茶殻を取り出した。
「このレベルのお茶になると、茶殻がまたうまいんです」
和多田さんはそう言うと、黒糖のアイスクリームを皿に盛り付け、「摩利支」の茶殻をトッピングした。
「さぁ、どうぞ! 騙されたと思って、食べてみてください」

- 日本茶ソムリエの和多田さんがつくった"黒糖アイスの茶殻のせ"。
食べてみる……再び、目からウロコが落ちた。茶殻になってもなお、うまみと甘味がしっかりと残っている。明らかに主役は茶殻で、黒糖アイスはそのソースでしかなかった。
茶殻になっても色褪せない「摩利支」というお茶に、亡くなった山森さんの存在が重なる。山森さんの日本茶への想いが想像され、自然と涙がこぼれた。お茶を飲んで泣く……笑われてしまいそうだが、嘘ではない。本当に涙が出た。
「摩利支」はあと少しだけ、表参道の「茶茶の間」で味わえるらしい。
×月××日

- 「タヒチ」の"揚げビーフンのレタス包み"。レタスのシャキシャキ感と揚げビーフンのサクサク感が相性バッチリ!
友人の誕生会を青山の「タヒチ」で開く。店の名前はタヒチだが、料理はタイやベトナムを中心としたエスニック。一軒家レストランということもあり、友達の家に招かれたようでとても居心地がいい。
特に感激したのは、揚げビーフンのレタス包み。シャキシャキのレタスとサクサクの揚げビーフンの相性が絶妙である。値段もなかなかリーズナブルで、サービスもあたたかく、肩の凝らないうまさの料理が充実している。気の合う仲間と通いたくなるこういう都会の食堂が、東京にはもっと増えるべきだと思う。
×月××日
魯山人は自分の作った料理を盛りたい器が見つからず、自分で器を焼いた。僕は盛りたい器はたくさんあるのだが、ただ魯山人の真似がしたくなって陶芸に挑戦してみた。
軽井沢の山奥に田端志音さんという女流陶芸家が住んでいる。数年前まで神戸に窯を持ち、京都の有名料亭にも作品を入れていた人気作家だ。窯を軽井沢に移した際、自分の創作活動と並行しながら陶芸体験教室を始めた。細かい部分まで指導してもらえるので、初めてでも志音さんの器にかなり似たものが焼ける。志音さんの器は10万円以上、教室は丸一日体験できて1万5000円……これはお得である。

- 小山薫堂作(製作途中)、“凍ったポン酢をしいて白身の刺身をのせるための四角い皿”。初夏には完成の予定。
土をいじっていると、これに盛り付ける料理が自然と浮かんでくる。僕は四角い皿を作ってみた。皿にポン酢を張り、そのまま冷凍庫に入れる。凍ったらアイスピックで氷を砕き、その上に白身の刺身を乗せる。ポン酢氷を少しずつ溶かしながら食べるのである。
乾燥させ、色をつけて焼き上がるまでにおよそ2カ月……今年の初夏の楽しみが一つ増えた。
×月××日

- 「東京カレーラボ」は間もなく開店。試食も最終段階、確実に味は向上しており、不思議な辛さも味わった。乞うご期待!
東京タワーの2階に出店する「東京カレーラボ」の試食会を行う。これまで試食を重ねること十数回。食べるたび、確実に味が向上している。今のところ、僕のイチオシは非常に珍しいスパイスを隠し味にした角煮入りのポークカレー。ちょうどいい辛さだが、食べ終える頃には額から汗が滴り落ちる。東京カリ〜番長はそのスパイスを独自のルートで入手しているらしく、正体をなかなか明かしてくれない。
オープンはもうすぐ! 全てのソースを研究試食できる“デキュスタシオン”もメニューに加えようと思っている。ご興味のある方はぜひ、東京タワーへお越しください。
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「茶茶の間」 東京都渋谷区神宮前5-13-14 表参道SKビル1階 TEL.03-5468-8846 「タヒチ」 東京都港区南青山4-27-17 TEL.03-5467-4677 ※「東京カレーラボ」 東京都港区芝公園4-2-8 東京タワーフットタウン2階 TEL.03-5425-2900(3月下旬オープン)
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