スズキにボラと出世魚は数あれど、
師走に踊るブリこそ王様
「買ったぞ、天上ブリ。いいねぇ」
店先で寿司屋のダンナが賞賛の声を上げたのは、まだ残暑厳しい9月の終わりだった。「天上ブリ」。美しい言葉でしょ。寒ブリの先駆けとなるブリをこう呼ぶ。ブリは回遊する魚。北上路の天まで上がったという意味だろうか。揚がる地は北海道積丹半島。9月中旬から10月下旬にかけての定置網でとれる。もっとも天上ブリなるものが、河岸に顔を見せはじめたのは、この3〜4年。天上ブリの産地、積丹半島の古平港や余市港に問い合わせると、なるほど出荷できるほどのまとまった漁が始まったのは、河岸に登場した時期と重なる。積丹半島といえば古くはニシン、それが途絶えて近年はマグロ、その姿も見えなくなり、ブリのお目見えとあいなった。
「待てば海路の日和あり?」と言ったら、今年は豊漁にわいており、「エヘヘッ」と、電話の向こうの漁協の方の声もはずんでいた。
やがてブリは南下。11月に入ると佐渡や富山湾に定置網が張られ、いよいよ寒ブリのシーズン。そして12月、河岸も寒ブリの最盛期となる。ことにマグロを扱う大物屋と違い、鮮魚を扱う店のふだんはこぶりな魚が多いから、10キロを超すブリの登場は、1年ぶりの手応えのある重み、なにやらテンションもググンと上がる、気分もはずむ。
「ブリ、来ましたぁ」
いつものようにセリ場から魚が届いたという知らせも、ブリという声に限ってワンオクターブ高く聞こえてくるんですよねぇ。
相場も週を追うごとにうなぎ上りだが、お年取り(大晦日)の晩や正月を控えているとあっては、まぁよく売れること。
なんたってブリは縁起のいい魚。関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ。関西ではツバス→ハマチ→メジロ→ブリ。北陸地方にはまた違う呼び名があるが、成長するにつれて名前が変わる。そこがめでたいというわけだ。日吉丸から藤吉郎、秀吉と改名しては、天下人にまで上り詰めた豊臣秀吉にあやかれと。そこで付いた名が出世魚。
ブリに出世をかける風潮は、江戸時代の狂歌に「イナダまでなりあがりたるワカナ子の出世は見えた御奉公ぶり(ブリ)」とあり、古くからあったようだ。ワカナコというのも、江戸時代におけるブリの幼名である。それにしても「出世魚」と、パチッとキャッチコピーを決めたひとはどこぞのだれか。大正時代の魚図鑑にはすでにこの言葉が出てくるから、お江戸のひとか、明治になってからか。
ちなみにセイゴ→フッコ→スズキと変わるスズキ、またハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→トドと変わるボラなども出世魚である。このように名前が変われば出世魚と考えたいところだが、シンコ→コハダ→ナカヅミ→コノシロと変わるコノシロやコメジ→メジ→本マグロと変わる黒マグロなど、どうも枠外のようだ。コノシロは「この城、あるいは子の代」に通じ、焼くと人を焼く匂いがするという言い伝えがある。マグロはシビともいい「死日」に通じる。そんなことから出世魚の範疇からはずされたと想像しているのだが。
そこへいくと、スズキは晴れがましい過去を持つ。平清盛が船で熊野へと詣でるさい、船上に飛び込んできたのがスズキで、以来清盛は太政大臣にまで出世した。
またボラ(トド)は、卵で作るカラスミばかりが注目されるけど、懐石名人の故辻嘉一さんが戦後すぐに著した本には誕生日の祝儀魚にいいとある。古くはナヨシ(名吉)という名を持っていたのだ。
しかしながら、出世などナンボノモンジャイとうそぶく御仁も、ちょいっと縁起物に気もそぞろとなるこの時期、スズキは季節をはずれ、ボラは泥臭く現代人の味覚にはしっくりこない。さすれば、ブリこそ出世魚の王様ということになろうか。
12月、師も走る師走である。ブリも漢字で書くと師を添えて鰤。まっことブリは師走にふさわしい魚である。
- [今月の魚]

- なにやら熱燗の恋しい季節。合いの手にナマコの酢の物、いいですねぇ。ところが2006年、ナマコは前年にも増して高い。ナマコは赤、青とあり、河岸で人気は赤。口当たりが柔らかいのだ。青には見向きもしないお客様もいる。ところが、その青ナマコですら入荷なしの日も。原因は中国。ナマコは干しナマコにすればフカヒレや燕の巣と並ぶ美味。そんなことから、経済力が増した中国へと買われていくのだと浜からの情報。アワビもそうだったけど、ナマコまでねぇ。
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コノシロの名誉のために焼いてみたが、人を焼く匂いは感じなかった。実際、戦前の料理書にはコノシロの焼き物がいろいろと紹介されている。想像だが、コノシロを焼く、すなわち城を焼くことに通じるため、お武家衆あたりがでっちあげたのではあるまいか。











