セリ人の冷静な読みと
熟練の技に委ねられるマグロの命運

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 朝5時。セリ場の一角は、ひととマグロの群れでごった返す。背にはセリ順を示す番号を記したマグロがズラリ。懐中電灯に手鉤と、マグロ買い必須の小道具を手に、仲卸や買参人など買い人たちは、最後の下付け(下見)に余念がない。5時30分、セリ人たちが、セリの開始を知らせる鐘をふりかざす。卸5社、いっせいのスタートとあって、いざ我がもとへと、鐘の音はすさまじい。勝算を胸に、ワラワラと買い人たちがセリ人を取り囲む。あちこちに人垣ができた。

 さぁ、セリの開始だ。セリ人がマグロの番号を叫ぶ。買い人は指を曲げたり、立てたりと、指の動きで値を示す「ヤリ」をあげる。おっと初ヤリは5000(キロ5000円)。セリ人は5000と声張り上げ、買う気をあおる。あちこちで、買い人の指先がせわしなく動き、セリ人が声をからす。指の動きが止まる。値が上がるのはここまでと見るや、セリ人は最終値を付けた店の名を告げ、マグロ1本のセリ終了。1本で数秒。猛烈なスピードでセリは進む。

 セリ人がセリを進めるパフォーマンスときたら、それはもう個性たっぷり。体をくの字に揺らし、だみ声で吠える者あり、甲高い声で腕を振り回す者あり。マグロの番号、ヤリ値、店名と、ただそれを告げているだけだが、アップテンポの節回しは、まるでラップだ。

「売るセリ人にかかると、3000のマグロも4000、5000になる」

 そんな話を聞いたことがあるが、居並ぶマグロの命運は、まさにセリ人の手中にある。

「セリを進めていくなかで、一瞬の間をおくことがある。いいものが出るって合図にね。常連はわかってるから、それでセリ合いになっていく。セリがだれたときも一呼吸とる。不思議なもんで、流れが変わってくるんだよ」

 これはあるベテランセリ人の秘策。買い人は、卸5社、どこで買おうと自由。途中で別のセリに移られたって文句は言えない。アップテンポのパフォーマンスの陰には、冷静にセリの流れを読み、最後まで、自分のセリに引きつけておく術策があるのだ。

 しかし、そこまでなるにはやはり場数がものをいう。セリに立って1年ちょっとのヤマモト君が初日の緊張を話してくれた。

「頭んなか、真っ白。ヤリが拾えないんです」

 セリも最終、4頭のマグロを担当したのだ。

「自分は、セリをする上司の脇で結果を伝票に書き込む仕事をやっていたから、ヤリを拾う訓練はできてた。風呂場で声を出してイメージトレーニングもやったりね。だからいけるという自信満々で立ったんですけど」

 結果は散々のでき。

 もっともこれはセリ人の多くが経験する通過儀礼のようなもの。ひとかどのセリ人になるには、なまじっかなことではない。

 卸会社に入社して3年、都の資格試験にパスすればセリ人の免許は取得できる。しかし、築地市場でのセリの数は限られている。ペーパードライバー状態のセリ人も多いのだ。晴れてセリ人になったとしても、実はセリに立つのは仕事の一部。相場や情報を分析して仕入れの量を決めるという大仕事を抱えている。そのためには、出荷者である「荷主」との信頼関係を築くことが必要だ。しかし、「荷主」に顔を向けているだけでは、「お客」は集まらない。仲卸の店をこまめに回り、ときには酒を酌み交わし、なじみ客を増やしていく。

 セリに立っても、高く売るだけではお客がそっぽを向く。荷主とお客、双方納得いく値が付くようにもっていくのが最終的に求められる手腕なのだ。

「だからベテランは、もしかしたらセリの前に付く値はわかってる」と憧れの表情で語るヤマモト君に、セリ人歴30年近くという方の言葉を思い出した。

「自分のイメージした値で売買が決まる。これがセリ人冥利に尽きるときだよね」

 パフォーマンスの陰に技あり。魅せるセリ人への道のりは長い。

photo
[今月の魚]
photo
 日本でサケといえば、シロザケ。輸入サーモンに押されぎみだが、幻の魚として気を吐いているのがケイジ(鮭児) 。未成熟、つまりは童貞処女のシロザケで、サケ漁に時折紛れ込む。ケイジで有名な北海道・羅臼漁港へ10月初旬、電話を入れると「今朝、獲れたサケは2万本、そこにケイジは50本!」。この希少性とシロザケにない身質のキメの細かさや脂ののりでお値段はキロ、ウン万円。丸ごと冷凍され、多くは買いの気分高まる暮れ、市場に登場。

-----

買参人とは、仲卸のように場内に店舗はないが、卸会社と取引できる資格を持つ売買参加者のこと。

また築地市場で取り扱う水産物は平均一日2000トン余り。膨大な量をすべてセリにかけるのは難しく、相対での取引も多い。

 
 
dancyu 2006年12月号
dancyu 2006年12月号
税込価格 860 円
売り切れ
 
dancyu.comへ
dancyu公式twitterアカウント

メールマガジン <dancyu通信>

 
 

「dancyu」編集部員が、取材現場でのこぼれ話やオリジナルコンテンツなどをお送りします。 [主な内容] 編集部員のマイブーム/今月のスローフード/今月の日本酒/dancyu先取り情報……等々を、毎月2回配信します。

メールマガジン申込・登録変更