小山薫堂の一食入魂 [66]

天草の秋のタケノコをフレンチのシェフに託す。
食材と料理人をお見合いさせる仲人の気分だった

 
 
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、秋のタケノコを若き天才料理人に託し、
体験したことがないようなフランス料理を味わうことができた。
そのお礼にシェフにご馳走したのは、絶品のお好み焼きであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真永本初子 = 題字
 
 

×月××日

 熊本県天草市の安田市長から電話が入る。実に気さくな市長で、地元の人たちのお兄さん的な存在。街を歩けばみんなが気軽に声をかけてくるような、まさに理想の政治家だ。そんな安田市長からの電話……何かと思いきや、食事のお誘いだった。

「天草で栽培できるようになった“リョクチク”という台湾原産の新種のタケノコを持って上京するので、どこかのレストランで一緒に食べませんか」とのこと。秋にタケノコ? と首をかしげたが、どうやらリョクチクは6月から10月が旬らしい。なるほど、トリュフに夏トリュフがあるように、タケノコに秋タケノコがあったのだ。秋タケノコは旨味成分のグルタミン酸が多く、アク抜きの必要もなし。刺身で食べてもうまいということで、天草の新しい特産品になりつつあるようだ。自分の生まれ故郷でそんなものが作られているとは……ぜひ、味見しなければ! ということで、安田市長と食事をすることにした。

 さて、問題はこの新種のタケノコをどこで調理してもらうか、である。本来ならば和食の店、ということになるが、それではどうもつまらない。新しい食材に果敢に挑む料理人に託したほうが面白そうだ。そう思った時、一人の男の顔が浮かんだ。若き天才、白金「カンテサンス」の岸田周三さんである。早速、電話でワガママなリクエストをしたところ、「何でもやります! チャレンジします」という頼もしい答えが返ってきた。一体どんなタケノコ料理が出てくるのだろう?

 そして待ちに待った当日、安田市長の友人である建築家の隈研吾さんも秋タケノコの噂を聞きつけて参加。注目のディナーが始まった。

 最初に出てきたのは、天草特産のポンカンワインを使ったオリジナルカクテル。甘口の地酒が驚くほど華麗なアペリティフに変身している。そして、天草で獲れたキビナゴと松茸を合わせた前菜、天草産車海老を贅沢に使ったコンソメ、焼酎“天草”をソースにした鳩のローストと続く。タケノコだけを期待していた全員がハッとした。天草市長が来ると聞いた岸田シェフは、天草の食材でコースを組み立てていたのだ。聞けば、インターネットをフル活用して天草の食材をリサーチ。そのまま楽天で取り寄せたという。ネットと流通が結びついている現代ならではの贅沢なディナー。ゲストをサプライズでもてなしたい、というシェフの姿勢にも頭が下がる。

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天草の食材と岸田シェフのセンスが出会って生まれた「タケノコのロースト、トリュフのペースト添え」。

 そしていよいよ主役の秋タケノコの出番だ。期待が膨らんでいたせいか、それは一瞬拍子抜けするほどシンプルな料理だった。“タケノコのロースト、トリュフのペースト添え”である。一口、口に含んでみる。感動的な歯応えとトリュフの香り。タケノコの甘さをトリュフのペーストが引き立てる。今まで体験したことのないフランス料理だ。

 実は、見た目は単純でも、ここに至るまでに岸田シェフは蒸したり、煮たり、焼いたりと試行錯誤を重ねていた。その結果、皮をつけたまま真空調理法で一旦火を入れ、それを切り分けてからローストしたらしい。

「このタケノコ、早速うちでも通常メニューとして使おうと思ったんですが、今年はもう終わりらしくて。来年分を予約しました」と岸田シェフ。

 食材と料理人をお見合いさせて、縁談は見事にまとまった。こんな仲人気分を味わうのも、レストランの一つの楽しみ方だと思った。

×月××日

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「草喰なかひがし」で清らかな和食と繊細なシャンパーニュを味わう。人を幸せな気分にさせる抜群の相性だった。

 初めて京都の「草喰なかひがし」に行く。これまで何度も足を運ぼうと思いつつも、どうしても行く機会を見つけられなかった名店中の名店。今さらその料理を語るまでもないが、一言で言うなら「翌朝、体の中が浄化されたような気分になる」店である。最後のめざしとご飯を指して「これが当店のメインディッシュです。今までのは長い前菜です」と笑う女将さん。この店の底力を見た気がした。

 ちなみにこの日の飲み物は、最初から終わりまで中東さんお薦めの“ベルフォン”というシャンパーニュ。泡を細かく抑える製法で作られているため、食中酒として和食と抜群の相性なのである。素晴らしい和食とシャンパーニュの組み合わせは、なぜこんなにも人を幸せな気分にするのだろう。

 帰りに12月の予約を入れようと思ったら、7月に予約を入れたお客さんですでに満席だった。

×月××日

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「福竹」でお好み焼きに手を出そうとして叱られる岸田シェフ。今回の題字はお母さん、永本初子さんに書いていただいた。

 おいしいタケノコ料理を作ってくれたお礼に、岸田シェフを食事に招待する。とは言え、相手は一流の味を作り出す料理人。そんじょそこらの店に連れて行っては恥をかくことになる。

 悩んだ末、フランスから帰国して間もない彼を「日本が誇る一流のB級」に案内することにした。蒲田のお好み焼き「福竹」である。ここに通い続けている当事務所のSは「ケーキのようなお好み焼き」と言う。小麦粉のつなぎが極端に少ないこの店のお好み焼きは、それほどフワフワなのだ。

 その上、店を仕切るお母さんのキャラクターが面白い。調理中のお好み焼きを客に一切触らせない完璧主義者。たとえそれが天才シェフでも例外ではない。岸田シェフがコテを手にした途端、お母さんがすっ飛んで来た。

「ちょっとお兄さん、何してるの! ゆっくり火を入れてるんだから、触っちゃダメでしょう。ちょっと焦げただけですぐに心配する! これだから素人は困るのよ」

 通常、3時間かけて肉に火を通している男が、いとも簡単に切り捨てられた瞬間であった。

×月××日

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建て替えのため、11月末で一時休業するキャピトル東急ホテル、「オリガミ」の排骨麺。学生時代の最高のご馳走だった。

 11月いっぱいでひとまず営業を終了する永田町の「キャピトル東急ホテル」に出かける。

 思い出の料理はコーヒーハウス「オリガミ」の排骨拉麺。ホテルのカフェでありながらジャンクな装いのこの料理、学生時代の自分にとっては最上級のご馳走だった。レトロな雰囲気の中でこれを味わえるのも11月限り!

「さよなら」の代わりに「ごちそうさま」と言った。


「カンテサンス」 東京都港区白金台5-4-7 バルビゾン25 1階 TEL.03-5791-3716
「草喰なかひがし」 京都府京都市左京区浄土寺石橋町32-3 TEL.075-752-3500
「福竹」 東京都大田区東矢口1-17-11 TEL.03-3739-4064
 
 
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