小山薫堂の一食入魂 [62]

各国の超一流料理人が技を競う豪華な晩餐会は
食の祭典、平和でフレンドリーな戦いであった

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、ベルギー人パティシエの店が事務所の近くにできたのを喜び、
各国スターシェフによる素晴らしい晩餐会で感動して思った。
食のワールドカップを開催してほしい!
 
 
小山薫堂 = 文・写真フレデリック・スケルター = 題字
 
 

×月××日

 事務所の隣にあった書店が潰れて「やれやれ困った」と思っていたら、いつの間にかそこにスイーツショップがオープンしていた。モスグリーンの洒落たインテリアで統一されたその店には、「フレデリック スケルター」という名前がつけられている。昨今のスイーツブームに便乗してどこかの企業が海外からシェフを連れてきたのだろう、と思っていた。が、徹夜明けで店の前を通るたび店内を覗き込むと、どうやら違うようだ。朝6時から厨房でせっせとケーキを作っている外国人のパティシエがいる。彼こそが、フレデリック・スケルターその人だった。

 実はこの店、見た目にはファッショナブルだが、その中身は誠実な職人と彼の妻が切り盛りする町のケーキ屋さんだった。ベルギー生まれのスケルターさんは、お菓子のワールドカップと称される「クープ・ド・モンド」でベルギー代表として活躍し、ヨーロッパで数々の賞を受賞。5年前に来日した彼は、デモンストレーターとして日本人の味覚を研究し、ついに先日、念願だった自分の店を開いたのだという。

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フレデリック・スケルターさんは「ヴィタメール」などチョコレートの名店で修業し、数々のコンクールで受賞。

 ショコラティエでもある彼が得意とするのは、やはりチョコレートを使ったケーキ。カカオのテロワールを感じるような、甘すぎないチョコレートは上品かつ滑らかでありながら重たすぎない。それでいて、どこか懐かしい昔のお菓子屋さんの面影がケーキの中に隠れているのだ。

 事務所を切り盛りするパン子が「うちの定番おやつになりそうですね」と笑顔を見せた。重宝していた書店以上に、ここは馴染みの店になりそうな気がする。

×月××日

 世界でもトップクラスのホテルやレストランしか加盟できない組織「ルレ・エ・シャトー」からディナーの招待状が届く。ガイドブック『ルレ・エ・シャトー』日本語版の出版を記念するディナーで、会場はフランス大使館。ちょうどその日は大事な別の仕事が入っていたのだが、ドタキャンしてディナーへ。というのも、これまで経験したどのディナーよりも贅沢な食卓が用意されていたからだ。

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「ルレ・エ・シャトー」の晩餐会は各国の一流シェフたちが一皿ずつつくる豪華版だった。写真は三國シェフの料理。

「ルレ・エ・シャトー」に加盟しているレストランのシェフ8人が一堂に会し、一皿ずつ料理を作るというドリームディナー。最初の一皿はジョエル・ロブションさんである。自ら進んで1番打者になったという。「だって、全員確実におなかがすいてるから最初がいちばん有利だろ」と冗談交じりに言ったらしいが、確かにそれは的中していた。何しろ、続くシェフの顔ぶれも半端ではない。大阪「ラ・ベガス」の渋谷さん、「レストラン・ヒラマツ」の平松さん、今年ミシュランで三ツ星を獲得した「サン・パウ」スペイン本店のルスカイエーダさん、「エノテカ・ピンキオーリ」の辻さん、「オテル・ドゥ・ミクニ」の三國さんなどが次々と自分の作品を披露していく。一応、魚から肉へと続くコース料理ではあるが、全員が全力投球しているゆえ、全ての皿が主菜と言っていい。それは非常に平和でフレンドリーな"戦い"であった。味はどれも甲乙つけ難いほどに素晴らしかったが、特に熱かったのは三國さんかもしれない。その力の入り具合は料理名を見ても明らかだ。"究極中の究極、白老の阿部さんがアイヌから教わって完全オーガニックのように育てた黒毛和牛三歳雌の処女牛ロティ季節の野菜添え、九州沖縄サミット蔵相会議で創ったグリーンマスタード風味ソース和え"。

 このドリームディナーは「ルレ・エ・シャトー」の偉大さと結束力の強さを物語っていた。こういう食のお祭りを、勝ち負けを決めない料理界のワールドカップとして世界規模で開催して欲しい、と切に願う今日この頃である。

×月××日

 モナコで今話題のホテル「メトロポール」に宿泊する。何が話題かと言えばその料理。ホテル内で提供される全ての料理をジョエル・ロブションが監修しているのである。

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モナコのホテル「メトロポール」の朝食。ロブション氏が監修する料理は完璧。地元産のオレンジジュースがとても美味!

 深夜にチェックインした僕は、翌朝の食卓で早速その凄さを実感した。まず何より、オレンジジュースが抜群にうまいのだ。地元のオレンジを厳選し、手で絞ってそれを小さな瓶に小分けしておく。瓶をワインクーラーに入れておけば、常に冷たく冷えた状態で提供できるというわけである。そのオレンジジュースを飲むためだけにモナコまで行ってもいいくらい、それはうまかった(スミマセン、ちょっと大袈裟でした)。

 もちろん、朝食以外もいける。メインダイニングでの夕食は言うまでもなく、ルームサービス、そしてプールサイドで注文する料理まで偉大なシェフが目を光らせている。立派なレストランを有するホテルは世界中にいくつもあるが、全ての食に関して隙を見せないホテルは意外と少ない。たぶんここは、世界で最もおいしいホテルの一つに数えられる。

×月××日

 フランス・ロワール地方の白ワインの生産者として有名な「ミッシェル・レッド」社の8代目、ティエリ・レッド氏が来日。東京タワーの近くにあるビストロで一緒に夕食をする。

「名前はレッドでも、造っているワインはホワイト」というオヤジギャグを飛ばしながら、ティエリさんは日本人好みに味付けされたビストロ料理をうまい、うまいと言って食べた。メインディッシュの豚のすね肉煮込みを食べたあと、僕は彼に尋ねた。

「おなかはまだ大丈夫ですか? もし大丈夫なら、この店の裏メニューを頼みたいのですが」

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「名前はレッドでも造っているワインは白」というオヤジギャグを飛ばすティエリさんも、卵かけご飯には……!?

 彼は「まだいくらでも食べられるよ」と胸を張った。それから数十分後、テーブルに運ばれてきたのは生卵と炊き立てのご飯。それを見た瞬間、彼の顔色が変わった。

「アイ・アム・フル! フル! ノー・サンクス!」

 予想はしていたものの、まさか卵かけご飯をここまで嫌がるとは思っていなかった。生卵を食べる、という感覚はどうも理解してもらえないらしい。こんなにうまいのに……。顔をひきつらせているティエリさんを横目に、僕は卵かけご飯を一食入魂の精神で味わった。そして最後の一粒の米を口に運びながら思った。

「卵かけご飯は、お米のカルボナーラである。世界に通用するパスタ料理だ」と。


「フレデリック スケルター」 東京都港区麻布台1-11-10 TEL.03-3505-1707
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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