小山薫堂の一食入魂 [61]

数百年前からヴェネツィア人の憩いの場である
立ち飲み居酒屋は人間模様が最高のつまみだ

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、北イタリアで16世紀から続く立ち飲み居酒屋の
ハムで巻いた青唐辛子のピクルスに唸り、
二つ星レストランの燻製スパゲッティに驚き、
小さなバールのサラミに感動したのだった。

 
 
小山薫堂 = 文・写真門脇俊哉 = 題字
 
 

×月××日

 なぜか無性に寝台車の旅がしたくなり、札幌行きの寝台特急「北斗星」に乗る。飛行機なら2時間とかからないところを16時間もかけて行くのだから、車中の“食”が旅の楽しさの鍵となるのは当然である。出発は上野駅の13番ホーム。そこには何となく“昭和”の匂いが漂っている。その近くに「WINE&DINE」という、ワインを売っているキヨスクを見つけた。車窓から夕焼けでも眺めながらワインを飲みたいけど、どうせロクな銘柄は無いだろうな……と思ったら大間違い!

 そんじょそこらのワインショップよりもずっと気の利いたワインが並んでいるのである。ボルドーの有名シャトーに始まり、ブルゴーニュの人気ドメーヌ、カリフォルニアのカルトワインまで揃っている。さらにはチーズ、生ハム共に数種類ずつラインナップされていて、つまみも完璧! 迷いに迷ってカリフォルニアのピノ・ノワールとパルミジャーノ・レッジャーノの塊、そしてワイングラス型のプラスチックコップを買い込んで「北斗星」に乗り込んだ。帰宅ラッシュを横目に見ながら、極上のワインを開けた。ワインは飲む場所と飲む相手によって味が変わってくるが、これはたとえ一人でもなかなか幸せなシチュエーションだ。

 13番ホームの近くに、あのワインショップを作ったJRに拍手を送りたい。また上野駅から夜行列車で旅に出たくなった。

×月××日

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上は「ド・モーリ」で食べた“ハムで巻いた青唐辛子のピクルス。下はカウンターのおじさん。実にいい顔をしていた。

 『ミシュラン』を頼りに北イタリアを旅する。5月のイタリアは気候もよく、観光客が比較的少ないシーズンなので特に宿の予約もすることなく、レンタカーで気ままな旅をすることができる。今回の旅で印象に残る3皿をここに記そう。

 まず、ヴェネツィアのバーカロ(立ち飲み居酒屋)「ド・モーリ」の“ハムで巻いた青唐辛子のピクルス”。特に手を加えたわけではない簡単なつまみだが、ピクルスの酸味とハムの塩加減が絶妙なバランスでワインのお伴にはピッタリ。これだけで白ワインを1本空けてもいい。ド・モーリはヴェネツィアで僕が一番好きな店だ。日本でもスペイン風の立ち飲み屋が流行っているが、ここの創業は実に16世紀。様々な時代を見つめながら、ヴェネツィア人の憩いの場という役割を果たしてきた。

 店内は薄暗く、天井には銅製のポレンタ鍋がたくさんぶらさがっている。ワイン片手に小皿料理を注文する客たち。この店から食べ歩きをスタートさせるカップルもいれば、ワインを1杯だけ飲んで自宅に戻っていく老人もいる。ここでは客たちの人間模様が最高のつまみとなる。

 次はガルダ湖に面したホテル「ヴィッラ・フィオルダリーゾ」のダイニングで食べたパスタ。ミシュラン二つ星というお墨付きもあり、料理はどれも安定している。中でも素晴らしかったのが“スモークド・スパゲッティ”なる料理。つまりスパゲッティの燻製である。スパゲッティを茹でてアンチョビとブルーチーズのソースを絡めたあと、それを大きなグラスに入れて瞬間燻製にするのだ。グラスに蓋をしてサーブされ、客の目の前で蓋がとられる。するとグラスからモクモクと煙が溢れ出し、スパゲッティが現れるという演出である。粉の時点から燻製にしているのだろうか、スパゲッティのスモーキーな感じがチーズと見事に調和している。完成したパスタを燻製にするとは、ありそうでなかった発想だ。まさに煙の魔法を見た気がした。

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「ヴィッラ・フィオルダリーゾ」の“スモークド・スパゲッティ”。スモーキーなパスタとチーズが見事に調和していた。

 そして最後はミラノの近くにあるクルノという小さな町のバールで食べたサラミ。目当てのトラットリアが開くまでの暇つぶしとして偶然入った店に惚れてしまった。名前も分からないようなごく普通のバールだが、町が小さいせいか、そこはよろず屋も兼ねている。カウンターの隣に生活必需品もあれば、子供用のゲーム台もある。つまり、町の子供から老人までこの店に集まってくるのだ。カウンターにはサラミや小さなピザ、オリーブ、ポテトチップスなどが並んでいて、客たちは自由につまむことができる。お父さんはカンパリ、息子はコーラをオーダーし、二人でサラミとオリーブをつまむ。そこへ近所の老人がやってきて世間話が始まる……そんな光景が微笑ましい。

 日本にもこういう店があったら素敵なのに、と思った。子供と大人がそこに集い、そして横の会話が生まれるような店。日本ではファミレスやファーストフードがこれに近いかもしれないが、どこか温もりが足りない。それはたぶん、客同士の交流がないからだと思う。客に最良のサービスをする店はたくさんあるが、それだけでは店の温もりにつながらないのだ。人生の楽しさを、“食”を通じて教えてくれる店……ただうまい以上に大切なものをイタリアで見つけた。

×月××日

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今回の帰国後第一食は香り高き「かどわき」のスッポンうどん。“日本のパスタ”も世界に誇れる! ね、門脇さん。

 いつものように機内断食を敢行し、腹ペコで成田に降り立つ。さて、帰国後一食目を何にするか……これは海外旅行の最後の楽しみと言ってもいい。悩んだ末、麻布十番の「かどわき」へ行く。3月に同じ町内に移転し、新店舗で営業していると聞いていたので期待して行った。が、店に入ってビックリ! 人気店の大半は移転を機に店を拡大するものだが、ここは昔と席数も同じ。おまけにインテリアも昔の店内とほとんど変わっていないのである。新しいけど、昔のまんま……この“地に足の着いた”姿勢がいい。

「たくさん食べられないので、おなかに優しいものを何かください」と注文したら、生の花山椒を散らしたスッポンうどんが出てきた。どこまでも深いスッポンのうまみと、花山椒によってもたらされる心地良い舌の痺れ。計算し尽くされた和の妙技である。イタリア人にも堂々と胸を張って出せるパスタがここにあった。

×月××日

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「煙事 燻製工房」の燻製モツァレラ、イノシシのベーコンとリンゴのピザ。モチモチ感たっぷりのナポリ風。

 軽井沢に新しいレストランがオープンしたと聞き、食事に出かける。その名を「煙事 燻製工房」という。店名から想像できる通り、燻製料理を中心にした店だが、特にここはピザがうまい。チーズでごまかすのではなく、生地のモチモチ感でうまいと思わせる窯焼きのナポリ風ピザ。燻製にしたモツァレラを使い、イノシシのベーコンとリンゴを載せたピザはまさに食の発明品である。これまたイタリア人に胸を張りたくなった。


「麻布 かどわき」 東京都港区麻布十番2-7-2 TEL.03-5772-2553
「銀座 煙事 燻製工房 軽井沢」 長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉字中山628-9 TEL.0267-44-6700
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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