小山薫堂の一食入魂 [60]

"おまかせコース"のみ。飲み物も「適当に」と
頼んだら幻のシャンパーニュが出てきて驚く

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、千一夜限定で開いている隠れ家フレンチを訪れ、
京都の割烹のような設えや器の素晴らしさに驚き、
次々に繰り出される料理や酒の凄さに感動したのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真山口哲弘 = 題字
 
 

×月××日

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「適当に……」と頼んだら出てきたのは、幻のシャンパーニュ、“アンリ・ジロー”であった。

 ワイン通のMさんに誘われ、松濤の隠れ家レストラン「竹慈庵 なかだ」に行く。一見さんお断りで、千一夜だけの限定開店というちょっと話題の店だ。富山から上京してきたフレンチシェフの店だと聞いていたのだが、一軒家を改造した店内に入ってビックリ! 東京の隠れ家フレンチと言うより、京都のこぢんまりとした高級割烹の設えである。1階に7席のカウンターとテーブル席、2階にはシガー用の個室が用意されている。さりげなく置かれている茶釜や掛け軸も素晴らしい。

 料理は“おまかせコース”のみ。飲み物も「おいしいヤツを適当に」と頼んだら、最初からとんでもないものが出てきた。1995年の“アンリ・ジロー”……世界的なワイン評論家、ロバート・パーカーも「こんなメゾンがあるとは知らなかった」と高得点をつけたシャンパーニュである。最近ようやく日本への輸入も始まったらしいが、入ってきたのはわずか200本足らず。その幻のシャンパーニュをいきなり出してくる坊主頭の主人とは一体何者なのだろう? 料理への期待がますます高まった。

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主人、中田さんは素晴らしい設えと器に囲まれ、世界中の旨いものを変幻自在に独創的な料理に仕上げている。千一夜限定のまさに夢のような店だ。

 アスパラのすり流しに始まり、飯蒸しに似せた白海老と雲丹の取り合わせ、レモンリゾット、軽くスモークした黒豚など和洋が絶妙に交錯する料理が、趣味の良いアンティークの和食器で次々と出てくる。圧巻は、フレッシュのフォアグラを特別な酒粕に2週間も漬け込んだフォアグラの酒粕漬け。これを、焙った包丁で切り分ける。包丁を入れるたびにジュッと音がして、フォアグラのいい香りが漂ってくる。この料理に合わせるのは、ワインではなく日本酒。「満寿泉」のプラチナと呼ばれる、これまた幻の純米大吟醸だ。実はこの酒粕で漬け込んだものらしい。だから相性は抜群なのである。生フォアグラを箸で取り、口の中でゆっくりと溶かしながら、日本酒をちびりちびりとやる。あぁ、何と言う幸せ。酒飲みにはたまらない、至福の時間である。

 1万5000円のおまかせコースは、デザートまで含めて全11品。満腹になりつつも、ぐったりするような疲れを感じない、ヘルシーな料理構成であった(フォアグラを除く)。

 さて、気になるのが「竹慈庵 なかだ」の中田さんの正体である。聞けば、中田さんはこれまで出身地の富山でフランス料理店を営んでいたという。が、この店の3人のオーナーに気に入られ東京に進出。実はこの3人のオーナーたちが、みな食通で趣味人らしい。器や掛け軸、釜なども全てオーナーたちの私物。世界中のうまいものを食べ歩いてきた彼らが、中田光星さんにアドバイスをして斬新な皿が生まれているのである。

 3人の粋人が趣味で作った理想の料理屋は、2008年の春、本当の幻となる。

×月××日

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「MINATOYA 港屋」の蕎麦は骨太でコシと香りが強く、ド迫力のボリューム。写真のもりのほか、冷たい肉そばなども人気。

 以前から気になっていた事務所の近所の「MINATOYA 港屋」という立ち食い蕎麦屋に入る。気になっていた理由は、その店構えにある。通常、立ち食い蕎麦屋と言えば、入り口にメニューの写真や蝋細工が出ていてウェルカムな雰囲気だが、ここは正反対。モノトーンの外観にメニューの類は一切なく、明らかに一見さんお断りの雰囲気なのである。店内の様子もあまり分からない。勇気を出して店に入ると……そこには信じられない光景が広がっていた。店内の中央に浅く水をはった巨大な石のテーブルがあり、客たちはその縁で蕎麦をたぐっているのだ。オシャレなバーならともかく、なぜ立ち食い蕎麦屋の店内にモダンな水のインテリアが必要なのか、大いなる謎である。

 メニューは、オプションで海苔と胡麻をプラスできるもりそばと、ラー油入りのたれにつけて食べる肉そばという二本柱のみ。値段も700円以上と、立ち食いにしては高い。

 が、食べて納得。腰と香りのあるこの蕎麦は、明らかに立ち食いのレベルではない。つゆはやや濃い目だが、しかし骨太なうまさを感じるのである。さらに、店構えの冷たさに反して、店員の対応が素晴らしい。動きがキビキビしている上、立ち食いとは思えない温もりがあるのだ。店内は常に満杯。一人でやってくる女性客も多い。立ち食いの新しい形がここにあるような気がした。が、人を寄せ付けない外観とモダンなインテリアはやっぱり謎である。

×月××日

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「心米」には厳選した白米が10種類もあり、注文すると一合ずつ土鍋で炊いてくれる。白米の食べ比べとは、なんと贅沢な。上はオーナーの山口さん。

 白金の和食屋「心米(こころまい)」にて夕食。初めてこの店に行った時に思った。

「この近所に住んでいる人は幸せだなぁ」と。

 店名から推測できるように、ここは「米」にこだわった店である。例えば、米のポタージュなんていう料理がある。米の甘みやとろみを上手に利用したヘルシーなポタージュで、クルトンの代わりに“おこげ”が浮いている。京都から取り寄せた油揚げに少量の酢飯をはさみ、備長炭で焼いたつまみもうまい。ご飯の友となるメンチカツも絶品。サクサクの衣に箸を入れると、肉汁たっぷりのひき肉がほのかなカレーの香りを漂わせながらこぼれ落ちる。そして一番の看板は、もちろん白米だ。注文すると一合ずつ土鍋で炊いてくれる。しかも、この白米だけでメニューに10種類もリストアップされているから驚く。店のオーナー、山口哲弘さんと料理長が新米のシーズンに全国から150種類の米を取り寄せて試食。その中でうまいと思ったベスト10をメニューに載せているのである。米の産地や品種はもちろん、生産者まで選び抜いた究極のご飯。注文してから炊き上がるまでの30分が待ち遠しい。

 運ばれてきたらすぐに茶碗に装い、まず白米から立ち上る湯気を味わう。う〜ん、素晴らしい。そして付け合わせの塩をひとふり。塩は最高のおかずだ。艶やかな米を口に運べば、自然と顔がニタニタしてしまう。日本人で良かったなぁ、と心の底から思う。

 ここは、友達数人で行くのが楽しい。種類の違う白米を選んで、食べ比べが出来るからだ。余ったご飯は、ちゃんとおにぎりにしてくれる。最後の一粒まで味わって欲しいという、店の愛情が感じられる。「心米」という店名もいい。ここに行くと、お百姓さんが立派な芸術家に思えてくる。こういうご飯を食べている限り、人は謙虚であり続ける気がした。


「MINATOYA 港屋」 東京都港区西新橋3-1-10 ※お店の都合により電話番号は掲載できません。
「心米」 東京都港区白金6-18-7 2階 TEL.03-5793-4556
 
 
◆2001年6月号の連載開始以来、「一食入魂」に登場した約600軒の中から、薫堂さんが選び抜いた100軒を掲載した『人生食堂100軒』が好評発売中です。「一人で贅沢な日常を味わえる店」「愛する人との距離を縮めてくれる店」「体が“うまい!”と叫ぶ店」「サプライズに満ちた店」「一生通いたい店」など、薫堂さんならではの分類による、読んで面白く、使って役に立つまったく新しいガイドブックです。ぜひお読みください!

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

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担当曰く「前号よりさらに易しくなった」カレーづくり、ご堪能ください。

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