ヤリイカからホタルイカへ。
旬の移ろいがイカの楽しみ

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 ここ数年、売り子として担当している品目のひとつがイカ。地味な存在だけど、日々触れてみると、四季それぞれに、その顔ぶれは微妙に変化し、興味は尽きない。

 ホラ、年が明ければこんな風。

「だんな、覗きはいけねえよ」の声で、慌ててヤリイカの前から離れたお客さま。ヤリイカは、胴のなかを覗いて、ポチッと赤いものが見えたら子が入ってるしるし。それをチェックしていたらしい。子を持てば身は痩せる。だから、子持ちは敬遠される魚の世界だが、ことヤリイカについてはべつ。なるほど酢飯を詰めてプックリふくらんだ煮イカ。口に入れ、最後にトロンと子がとろける食感はたまらぬうまさがある。昨年から入荷しているヤリイカだが、待望の子持ち登場は、年が明けてのことなのだ。

 年明けのイカでもう一つ、私の気持ちをそぞろにするものがある。ホタルイカだ。河岸にきて、初めて生のホタルイカでパスタを作って以来、すっかり虜。にんにくや赤唐がらしと一緒にオリーブ油で炒めてチャッとパスタにあえるだけだが、とろけたワタが濃厚なソースになり、至福の味なのだ。

「さぁ新物、買った買った」で、先陣をきってやってくるのは、兵庫県の津居浜あたりの釜ゆでで、まだ人指し指の爪ほどにも満たない。やがて石川物が入荷し、3月1日恒例の富山湾解禁でハイシーズンを迎えると、生のホタルイカもやってくる。昨年は、その解禁を待って富山湾にでかけた。体を刺すような潮風を受け、漆黒の海からすくいあげたホタルイカは、私の手のひらのなかで鋭く青い光を放った。

 小さなトレイに並んでやってくるホタルイカ。店にうず高くそのトレイが山積みになるのが最盛期の4月。このころはまたヤリイカと白イカが交替する時期でもある。

 白イカ、ヤリイカともにスルメイカに似た形をしている。しかし、両者ともスルメイカとは違って加熱調理しても固くならない。だから、刺し身用だけでなく、煮物やソテーにも向いており、和食はもちろん洋食屋さんでも広く使う。用途は同じ。だから、ヤリイカに代わって白イカ、というイメージなのだ。といってもヤリイカに較べ、白イカのほうが身が厚く、甘味も勝り、私は一番においしいイカと思っている。

 そして5月のゴールデンウィークをはさんでのイカの世界の動きは慌ただしい。最小のホタルイカが姿を消し初め、最大のアオリイカのシーズンが始まり、麦イカと呼ぶ子どものスルメイカも顔を見せる。

 目に見えてスルメイカが大きくなっていく夏、河岸では新子とか新イカと呼ぶ赤ちゃんスミイカが鹿児島県出水市などからやってくる。大きくなれば胴の長さは手のひら大にもなるスミイカだが、まだ小指の長さにも満たない。

「あんな小さなイカをどうして東京は喜ぶんですかねえ」と、首をひねっていたのは出水の浜の荷主さん。寿司屋さんなら「それが江戸前の粋」と、バシリ決めるだろう。江戸前寿司のイカといえばまずスミイカ。新物を待ちわびる心が生んだ江戸前の伝統なのだ。いやいや、新イカだけではない。新物のスルメイカを、麦の穂が実る季節になぞらえ、麦イカと呼ぶことも、海の賜物と暮らしてきた日本人の心が透けてみえるようでうれしくなる。

 やがて秋も深まり、白イカやアオリイカのシーズンは終わり、スミイカやヤリイカがうまくなる。スルメイカの肝も大きくなって、塩辛作りの気分になると冬将軍の到来も近い。

 河岸で綴られるイカ暦。しかし、年によっては日がずれる。入荷が遅れると人間さまは「まだかよ」などと焦れているが、それは人間さまの勝手というもの。梅のほころびが年により早い遅いがあるように、イカだって同じことなのだ。河岸についつい長居しているのも、早いの遅いのと、それをこの目で確かめたいという気持ちもあるからだ。

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[今月の魚]
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ハタハタ、ニシンと幻といわれた魚が、ここ数年、顔を見せ始めている。ハタハタは、今年は大漁らしく価格もお手頃。1月15日には石狩湾のニシンが解禁。生ニシンはえぐみがまったくなく、身は締まり、脂もマイルド。特にこぶりのものを寿司ネタにすると最高。冬から春先にかけての、かなりレアなネタとなる。

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河岸ではアオリイカ、ヤリイカのように正式名称で呼ぶものもあるが、例外も。スミイカはコウイカが正式。白イカはケンサキイカのことだが、出荷地である山陰地方の呼び名で白イカに。赤イカと呼ぶこともあるが、アカイカが正式名称の別な種類も存在。ややこしい。

 
 
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