「胃袋に休みがあってたまるかい」と
無休の時代も今は昔
「ネエサン、切符、だいじょうぶ?」
慌ただしい河岸の朝、すれ違いざまに声をかけてきたウッチーの目の奥には、不安、という文字が揺れていた。
アリャ、いけない。そうだ、忘れてた。
今年、店に入ったばかりのその若い衆に、私は安売りチケット屋で航空券を買ってきてあげる約束をしていたのだ。でもさ、必要なのは正月。まだ11月じゃない。しかし、この時間への温度差には多大なものがあり、ウッチーにとっては、はや11月なのだった。
釧路までの往復チケットを渡した時のウッチーの顔ったら。まるで、クンクン鼻をならしている小犬。うれしそうったらない。
そう、河岸が5日も連続して休むなんて、大晦日から正月にかけてしかないんだもの。この期を逃したら、いつ帰郷できるやら。
2006年のカレンダー。今年も、机のわきには卸会社からいただいたものをはった。市場暮らしには欠かせぬカレンダーである。通称、休市カレンダー。市場の休みが記してあり、休日が世間さまとはチト異なるのだ。
真新しいカレンダーに向かい、威儀をただして水色のマーカーを握り、休みの日を塗りつぶしていく。赤い色で示してあるが、もっとググッと目に飛び込むようにってわけ。
日曜と月2回の水曜休み。初荷が明けて、1、2月は祝日と日曜休みの2連休があるものの、3月はなし。いよいよのゴールデンウィークも、子供の日は開市、すなわち営業日なので、大型連休というほどのこともない。
今年の休みもシブイなぁ。どこで温泉に行こうか、田舎に帰るのは、どのあたり。
威儀をただしたわりに、内容はまっこと希薄というか。こんなこと、市場の先人には聞かせられぬタワケタ暇つぶしかも。
そもそも市場には、正月元旦のほか、休みはなかった。大正デモクラシーのなか、やっと月のうち22日が休みとなった。「20日悩み」という言葉があるほど、そのあたりは、売れ行きが悪かったらしい。しかし、たった1日の休みをとるのにスッタモンダの大騒ぎ。
「胃袋に休みがあってたまるかい」
「休みを作って、若い衆が悪い遊びでも覚えたら、どうすんだ」
けんけんごうごうのうちに晴れて初の休みとなったその日は、広場に屋台を設け、漫才やお神楽で、休市日をアピール。そのぐらい、画期的なことだったのだ。
戦後の昭和26年には、2日、12日も加え、2の日がオール休市となっていく。
「あの頃は、カレンダーをもらうと、家族そろって頭を突き合わせてねぇ、日曜と2の日が重なる日を見つけると、息子はおおはしゃぎ。その日だけは、朝ご飯もいっしょに食べられるし、相手してもらえるでしょ」
昭和2年生まれ、帳場に座って40年以上のマグロ屋「西誠」の女将さんの話である。
カレンダーチェックにも、切実さがこもっていたこの時代、日曜休市論なるものも、若者の間から持ち上がっていた。市場の文化団体「銀鱗会」の昭和30年前後の機関紙を読むと、「日曜休市は、市場の合理主義か封建主義かの対決にあり」と、それはもう熱い論調。週休制で世のなかは動いているのに、市場のみが2の日休みとは、不合理であると。
この論争は、なんと10年近くも続き、日曜が休市となったのは、昭和36年のこと。祝日が休市となったのは、その10年後。第2、第4水曜日(変動アリ)が臨時休市と定まったのは、平成8年からである。
こうした経緯を思うと、もはや休市はマックスの状態。年中無休の飲食店などを思えば、なおさらのことだろう。
初荷の日、晴れ晴れした表情で「やっと休みが終わってホッとしたよ」と店の大将。今後は、また違った方向で、休市論が展開されると予想しているが、とりあえず今年も、店一番の働き者であるこの大将のもとで、がんばることになりそう。今年の開市日数は、274日。フー、カレンダー、数えましたぜ。
- [今月の魚]

- お待たせしました。ヤリイカに子が入ってきた。秋から登場のヤリイカだが、本番は、子を持つようになってから。寿司の印籠詰めなんて、もう最高。トロンと子が口のなかでとろけて。まずは函館あたりからやってきて、続いて青森県鰺ヶ沢から上物が入荷する。子持ちヤリイカが終わりになると、イカの世界はホタルイカへと移っていく。
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場内の本屋さんで見つけたのは、アメリカ向けの寿司カレンダー。江戸前握りにはじまり、細工寿司や山菜寿司と、タイトル通り、寿司のワンダフルワールドを網羅。暦はアメリカ仕様だけど、2月3日の巻き寿司丸かじりの日なども説明(英文)されており、楽しめる。










