小山薫堂の一食入魂 [56]

初めてのソウルで衝撃的な料理に出会う。
フランべどころではない“炎の焼肉”であった

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、東京にオープンしたグランメゾン、ホテルのタパスバー、
隠れ家カウンター割烹を食べまわった。そして、週末には
初のソウル旅行を敢行し、“炎の料理”を体験したのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真勘川 徹 = 題字
 
 

×月××日

 友人のA氏に誘われて、表参道の「ピエール・ガニエール・ア・東京」へ行く。記念すべき開業日のディナー。過度の期待を抱かないよう、自分の心を抑えながらテーブルについた。

 まず驚いたのが、開業日とは思えないスタッフの落ち着きぶりである。いくらグランメゾンとは言え、開業日には多少なりともスタッフのバタバタ感が客側にも伝わってくるものだが、それが全くない。聞けばかなり入念にリハーサルを行ったらしい。常に“完璧”を求めるピエール・ガニエールらしいエピソードだ。

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「ピエール・ガニエール・ア・東京」の手長海老の料理は、3種類の調理法で。ここまで料理されれば手長海老も幸せだろう。

 メニューにアラカルトの設定はなく、皿数が違うだけのコースが2種類用意されている。僕が食べた中で最もピエール・ガニエールらしいと思ったのは手長海老の料理。手長海老という食材が、グレープフルーツの酸味を利用したタルタル、パプリカ風味のポワレ、そして味噌を使ったジュレ、という3種類の調理方法で出てくるのである。ここまで料理してもらえるなら、手長海老も本望だろう(食べ手に食材の気持ちまで考えさせてしまう料理人なんて滅多にいない)。

 ガニエールさん本人が厨房で目を光らせていたこともあり、開業日のディナーは期待を大きく上回るものであった。さて、問題はシェフがフランスに帰国したあとも、このレベルをキープできるか……だ。支配人に尋ねると、こっそり教えてくれた。

「東京の厨房には3台のカメラがあって、常にパリとつながっているから、料理人たちの緊張感はシェフが帰国しても変わらないはずです」

 ガニエールさんは東京店のことを「自分の恋人」と呼ぶほど溺愛している。その恋人が日本の文化を吸収しながら、さらにどんな美しさを身につけていくか、楽しみである。

×月××日

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ソウルの最高級焼肉店で体験した“コニャック・ロース”は、店が火事になりそうなくらいの迫力の炎の料理であった。

 週末を利用して初めてのソウル旅行。噂には聞いていたが、これほど簡単に行けるとは思っていなかった。土曜日の夕方、羽田発の飛行機に乗ったかと思えば、夕食はソウルで食べている、という不思議な感覚。世の女性たちがこの都市にハマる理由がようやく分かった。

 ソウルより東京の名焼肉屋のほうが断然ウマい! という噂を耳にしつつも、やっぱり夜は焼肉に行ってしまった。ソウルのレストランの中で最も高いと言われている「バンブーハウス」という焼肉店。コンクリート打ちっぱなしの洒落た建物は、焼肉店というよりイタリアンレストランの佇まいをしている。が、一歩中に入ればそこはソウル……小泉首相からマライア・キャリーまで訪れた有名人のサインがこれ見よがしにズラリと並んでいる。

 基本的には日本の焼肉と同じなのだが、メニューの中に「コニャック・ロース」という見慣れない料理があったので注文してみた。コニャックに漬け込んだロース肉を焼き上げるのかと思いきや、そうではない。話はもっと単純だった。普通にロースを焼いていると、店のお姉さんが上からコニャックをドボドボとかけてくれるのである。焼肉用の鉄板には穴が開いているから当然コニャックは火の上にこぼれ落ちる。するとどうなるか……フランベどころではない。鉄板全体が巨大な炎に包まれるのだ。ややもすれば、周囲のアルコールに引火しかねない。それを平然とやるところが、さすがソウルである。

 肝心の焼肉の味は、と言えば……確かにウマい。が、味付けはともかく、肉の質は東京の名店に軍配があがる、かな。

 そして気になる代金は、一人2万5000円。ソウルで一番高い店だと聞けば納得の値段であるが、ソウル通の友人には呆れられてしまった。

×月××日

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ホテル「マンダリン オリエンタル 東京」のタパスバーで食べた“肉じゃが”(上)と“にんじんキャビア”(下)。思わずニヤリとしてしまうサプライズと演出が楽しい。

 日本橋にオープンした「マンダリン オリエンタル 東京」に宿泊。メインレストランのフレンチにするか、マンダリンの本拠地の広東料理にするか、いろいろと迷った末、38階のラウンジにした。本来はアフタヌーンティーやカクテルを楽しむ空間なのだが、ここに6席だけの特別な“食の劇場”がある。その名も「タパス モラキュラーバー」。18時と20時30分の入れ替え制になっていて、一つのカウンターに並んだ6人の客がディズニーランドのアトラクションを楽しむような感覚で斬新なタパスを味わっていく。料理はスペインのエルブジ風、というより、エルブジそのもの。エスプーマ(ガスによって食材をムース状にする調理器具)や注射器を駆使した斬新な小皿料理が次々と出てくる。が、ここのは、日本人の魂をくすぐる演出がしてあるのだ。

 例えば「フォアグラのわたあめ」。一見すると一口サイズのわたあめだが、その中にはサイコロ状にカットしたフォアグラのテリーヌが入っている。この一品のためだけに、マンダリン飲料部は縁日用のわたあめ製造機を購入したらしい。

 他にも、卵の白身を泡立ててパンに見立てた「カレーパン」や、トリュフの香りのするティッシュを鼻にあてながら食べる「肉じゃが」など、思わずニヤリとしてしまう料理が20品ほど続く。面白いだけでなく、味もなかなかのものだ。

 食事をする、というより、お芝居を観に行く……そういう心構えで行くと非常に楽しめる店である。入場料は8800円。たった6人の客に、3人の料理人がつく。資本力のあるホテルだからこそ実現できたドリームレストランかもしれない。

×月××日

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月島にオープンした「1と8」は各地の旨いものを集めた食のセレクトショップ的カウンター割烹なのであった。

 いい料理店は、いい客に育てられる……そんなことを予感させる店が月島にこっそりオープンした。長屋の一部を改造したわずか10坪の隠れ家料理店。1階は8席だけのカウンター割烹、2階は高級ワインを中心としたワインバーになっている。

 実は、この店のオーナーは食通の夫婦。名だたる店を食べ歩いてきた彼らが、自分たちが毎日通いたくなるような理想の居酒屋を開いたのだ。言ってみれば、全国のうまいものを集めた食のセレクトショップ。メニューの類は一切ない。好きな食材や料理を板長の勘川徹さんに告げると、その客が喜びそうなものを出してくれる。僕が食べた中では、タマネギのステーキと鮟鱇の肝を使った雑炊が秀逸だった。

 月島の路地裏で「1と8」という小さな千社札が貼られた長屋を見つけた人だけが、この幸福を共有できる。


「ピエール・ガニエール・ア・東京」 東京都港区南青山5-3-2 南青山スクウェア4階 TEL.03-5466-6800
「タパス・モラキュラーバー」 東京都中央区日本橋室町2-1-1 マンダリンオリエンタル東京38階 TEL.03-3270-8800(代)
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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