謎の料理人が密かに開いた“隠れ家イタリアン”は
とあるマンションの一室、わずか10席の店だった

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、かつて通ったイタリアンのシェフに偶然再会した。謎に包まれたその料理人はマンションの
一室で密かに料理をつくっていた。その店の名は“ノー・プロブレム”という意味だった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真梅木春陽 = 題字
 
 

×月××日

 かつてその店は東北沢にあった。メディアへの露出を控え、常連ばかりが集うイタリア料理の大衆食堂。とは言いつつも、グラスワインが「サシカイア」だったりする日もある。ちゃんとした店名があるのかもしれないが、客たちはみな「ウメさんの店」と呼んでいた。

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見た目はコワモテだが、丁寧でやさしいウメさんは、「料理で人を驚かせることが大好き」。ワインのストックは今や5万本とか。

 店主のウメさんは謎に包まれた料理人だ。イタリアに20年ほど暮らしていたことがあり、トスカーナにワイナリーを所有しているという話も聞いた。10坪足らずの小さな店ながら、ワインのストックは3万本以上。自分が昔からコレクションしているワインを売っているため、値段もかなり安かった。きちんとしたメニューはなく、客の気分を聞いてからその日の料理を決める。深夜まで営業していたこともあり、使い勝手のいい店だった。

 その後、ウメさんの店は渋谷に移転したのだが、いつの間にか閉店してしまったと風の便りで聞いた。

 数カ月前、西麻布のワインバーで(僕の中では)消息不明だったウメさんとバッタリ会った。「実は今、自宅マンションの一室でのんびりと料理を作っているんです」と言う。友人、知人だけを相手にした本当の隠れ家レストラン。しばらく内緒にしていたのだが、「一度だけなら書いてもいいよ」と許可が出たので今回こうして筆を執った。

 場所は南麻布の住宅街。12階建てマンションのペントハウスにある。当然のことながら、店の看板、表札の類いは一切ない。オートロックになっているため、部屋番号を呼び出せる者だけが入店できる。

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青大豆も使い、イタリアのモッツァレラチーズの製法でつくった“イタリアン豆腐”。ウメさんワールドの真骨頂だ。

 メゾネットのマンションを改造した店内は10席のみ。スペースの半分をキッチンが占めている。今まで同様メニューはない。ウメさんにおまかせするもよし、自分の食べたいものをリクエストするもよし、客の気分でどうにでもなる。この日は予約の際に「ヘルシーなものが食べたい」とリクエストしていた。するとまず出てきたのは、特別なオリーブオイルと塩で食べる自家製豆腐。しかもそれはただの豆腐ではない。水牛の生乳と青大豆の豆乳を使い、モッツァレラチーズと同じ製法で作ったイタリアン豆腐だという。そのあとも、イワシと野菜のラタトゥーユ仕立て、ししゃものタイム風味などのあっさり料理が続き、最後は真っ黒なイカ墨カレーが出てきた。野菜のスープをベースにして、魚介とイカ墨の風味を加えた、濃厚ながらもヘルシーな味。この店をイタリアンというカテゴリーで括ることはできない。ウメさんワールドなのである。

 全てのワガママに応えてもらい、実にいい気分で会計を済ませたのだが、その際レシートを見て、初めてこの店に「ファ・ニエンテ」という名前がつけられていることを知った。店名の意味を尋ねると、ウメさんはいつものように少し照れながら教えてくれた。

「僕の好きなイタリア語です。英語に訳すと、ノー・プロブレム」

×月××日

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“龍宮の宝石”は岩手県大船渡市の「若大将」が販売。350g入り3800円(税、送料別)など。ホームページから注文可。http://www.wakadaisyo.com/

 友人の家で衝撃的なパスタに出会う。ウニ、イクラ、フカヒレなど贅沢な海の幸がたっぷり入った冷たいスパゲッティ。聞けば何と、それは友人の手作りではなく、お取り寄せ品をスパゲッティに絡めただけの超簡単料理だった。その名も「三陸海鮮 龍宮の宝石」。まさに乙姫様のお土産のようにうまい。急な来客時には最適のお取り寄せ品である。

×月××日

 事務所に友人たちを集め、猛暑を乗り切るためのパーティーを開く。そのテーマはバーベキューでもなければ、ましてや鍋でもない。

 今夜の主役は……カキ氷!

 朝一番で軽井沢まで行き、昔と同じ製法で作られている天然氷を調達。手動式のカキ氷マシンを近所の業者から借りてきて、究極のカキ氷を男4人で腹一杯食べようというのである。

 一番の問題はカキ氷にかける蜜。せっかくいい天然氷があるのだから、市販のシロップで満足したくはない。目指すは究極のカキ氷。数日間、カキ氷のことばかりを考えていたら、いいアイデアが閃いた。

「腕のいいパティシエがカキ氷の蜜を作ったら、どんなものが出来るだろう?」

 早速そんなワガママを辻口博啓さんにぶつけてみたら、やってくれると言う。当日、辻口さんは材料持参で現れた。

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“大人のかき氷”をつくるべく、パティシエの辻口さんにシロップなどを依頼。期待通り、いやそれ以上に見事な味に仕上げてくれた。

 まずお湯に砂糖を溶かし、シンプルなシロップを作る。そこにバニラビーンズをまるごと一本入れて香りをつけ、カキ氷にかける。そしてここからがポイント。辻口さんは自分の店で販売しているというアンコをカキ氷に乗せた。普通のアンコではない。アンコにアプリコットを混ぜた“アンコット”なのである。

 バニラ蜜のほのかな甘さと香りが酸味のあるアンコットと調和し、天然氷の透明感を見事に引き出している。言うなれば、一本筋の通った大人のカキ氷なのである。

 このカキ氷一杯分の材料費は、およそ1200円。軽井沢までの往復新幹線代まで含めると3000円は下らない。しかし、その金額に見合う楽しさは十分あった。

×月××日

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汐留に高級ホテル「コンラッド東京」がついにオープン。その目玉のひとつがメインダイニング「ゴードン・ラムゼイ」だ。

 汐留にオープンしたホテル「コンラッド東京」に宿泊し、そのメインダイニングの「ゴードン・ラムゼイ」で食事をする。7年前、ロンドン本店がオープンした時から通っていた店なので、この日を楽しみにしていた。ジョエル・ロブション、アラン・デュカスに続く三ツ星シェフの東京進出である。しかも本店の二番手を送り込むほどの気合いの入れよう。その甲斐あってか、味はロンドンの本店とさほど違わないような気がする。もしロンドンのほうがウマいと感じるならば、それはたぶん錯覚だ。ロンドンの食環境の中で食べるからこそ、ゴードン・ラムゼイはうまいのかもしれない。

 気になったのは、料理よりもむしろ空間。天井が高く、空間としては抜群にカッコいいのだが、それぞれのテーブルから漂う“うまさのオーラ”が全て上に蒸発している……そんなふうに見えるのである。“カッコいい”が必ずしも“うまそう”につながるとは思わない。しかも、空間と料理の相性もある。ゴードン・ラムゼイの料理は、天井の低い空間で食べたい、と僕は感じた。


「ファ・ニエンテ」 ※予約はメールのみ(本誌をご参照ください)  
「若大将」 岩手県大船渡市大船渡町字野々田11-11 TEL.0192-27-2924
「ゴードン・ラムゼイ」 東京都港区東新橋1-9-1 TEL.03-6388-8000(代)
 
 
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