河岸もデジタル化!?
いえいえ、人の触れ合いがイチバン

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 初めてメールを送った日は、風が強かった。マウスをプチリと押したとたん、言葉が強風にあおられ、散り散りに飛んでいく光景が頭に浮かんだ。メールって、空を飛んでくんだよな、きっと。となると、まるで意味をなさぬ文字の羅列となって着信していまいか。本気でそう信じ、心配した。

 夫にこのことを話したら、腹を抱えて笑い転げ、あちこち言いふらし、私は今でも物笑いの種。だから、イヤなの、理解を越えた道具ってのは。デジタル機器とやらですよ。

 そこいくと、河岸はいい。なんたって、ひとの力がものいう場所なんだから。

 重い魚の箱のふたをあけ、店頭に並べ、かがんでそこらのゴミを拾うと仕事が始まる。

 さぁて、注文の仕分けだが、うちの店は飲食店が得意先なので、仕分けはめっぽう細かい。注文書を見て、まずは魚を選んで、目方を量る。身割れしやすいサバは新聞紙に包む。イワシを入れたビニール袋には、海水と氷を足す。千差万別、魚にあった仕分けがすめば、ヨイコラドッコイ店の裏手に運ぶ。多くの売り子が右往左往、行ったり来たり。

 そしてお客の時間。帳場でのお代のやりとりに、キャッシャーなどと洒落た道具はない。領収書はもちろん手書き。

 店が終われば、よってたかって後始末。ガラーンとなった店頭、魚が並んでいた台で、そろばんパチパチ、鉛筆片手に帳面に手書きで売り上げ集計という店もある。

 コリャ、まったく同じだわい。

 ある日、江戸時代に出版された『江戸名所図絵』という絵本集を見て、思わず唸ってしまった。魚河岸の風景も描かれているのだが、店頭の設えたるや今の河岸と大差ないのだ。急ごしらえの店が連なり、戸板に並んだ魚の周りに、ひとが集まっている。店の奥には銭箱を置いた帳場があって、そろばん片手に帳面づけ。魚を運ぶひともあちこちに。この私、そこに放り込まれても、さして不便を感じることなく、やっていけそうだ。

 しかし、お江戸のシステムそのまんまともいえる河岸にも、時代の風は流れてくる。

「やっぱ、情報だよ、情報」

 店の若い衆たちが、囁きだした。朝一番の情報をメール配信しよう、となったのだ。いやぁ、燃えましたねぇ、いいプランだと。

 ところでさ、だれがやるの?

 指さす先は、エエ−ッ、私?

 すべからくアナログ的に動く河岸に安らぎすら感じていた私だが、キーボードを打ちなれているのは、私のようだし……。だが、いっかな話は進まない。ことあらば、お祭り騒ぎで一気呵成ってのが、河岸ってものだけど。

 はて、どうしたことか。

 そんなおり、始発電車を使って、電車を三つも乗換え、たっぷり1時間以上かけて河岸に通う年配のお寿司屋さんの言葉に出会った。

「電話でも注文できんだけどさぁ、やっぱ来てちゃんと見ときたいんだよな」

 寝不足なうえに、花粉症で顔はグズグズ、あまりの様子に、やんわり「河岸通いはしばらく休んだら」と、申し上げたところ、返ってきたのがそんな言葉だったのだ。

 これで、私の疑問はサラサラ解けた。

 そうなんだよな、河岸を支えているのは、この魂。この目で見て、手で触れてと、わが身をもって確かめること。買い出し人だけでなく、河岸で働くにしても同じで、せり場で魚を仕入れるのも、電話注文を受けて魚を出すにも、ひとのもつアナログ的な機能が唯一のよりどころなのだ。

 なにしろ相手は、海の賜物、ひとがどうあがいてもかなわぬ自然の産物。デジタルな枠には、収まりきれない魚たちなのだ。

 うちの店の若い衆も、言いだしたものの、いざとなるとパソコンが繰り出す世界に、うさん臭いものを感じているのかもしれない。そこにあるのは職人魂。河岸の本質とデジタル社会。どうやって折り合いをつけていくのか、考え込んでしまう私である。

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[今月の魚]
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先月に引き続き、アジが最高に美味な時季。各地から、選りすぐりが入荷。希少性の高い鹿児島県「出水の黄アジ」に同じく阿久根市の「華アジ」、島根県浜田市の「ドンチッチ」とブランド名も賑やかだ。よくしたもので、新生姜に青じそと、アジに欠かせぬ薬味も出揃う時季。今夜はアジのタタキなどいかが? 包丁さばきも、そうは必要ないことだし。

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「正本」「杉本」「有次(ありつぐ)」など、築地市場には刃物の名店も多い。その一軒で、小出刃を新調。名前も彫ってもらった。ついでにナマクラ包丁を研ぎに出した。一丁前の気分、包丁がいいと、やる気が出る。

 
 
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