そのイタリアンは料理も、ワインも、サービスも、
そして値段も、興奮するほどいい店であった

 
 
人生の食事を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は三ツ星シェフの言葉でカレーが食べたくなり、
ある店でピーナッツバター入りのカレーを食べた。
そのピーナッツバターはスーパーで自分で
つくるものであることを発見し、大満足したのだった。

 
 
小山薫堂 = 文・写真原田慎次 = 題字
 
 

×月××日

 かつて麻布十番のはずれに僕の友人がイタリアンレストランを出していた。大通りに面している素っ気ない場所が災いしてか、味はさほど悪くないのに連日閑古鳥が鳴いていた。僕はよく「場所さえ良ければ、もっと流行るのに」と友人を励ましたものだ。

 結局、去年の暮れ頃に友人は店をたたみ、そこには別のテナントが入った。

 それからしばらくして、次にあの場所を借りたのが「アロマクラシコ」の原田慎次シェフだということが分かった。前の店と同じイタリア料理。いくら腕のいい原田さんとはいえ、あの場所では苦戦するのではないだろうか?と、以前の事情を知っているだけに心配になった。

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「カーザ・ヴィニタリア」の原田シェフ。次々と新しいスタイルを生み出すシェフの新店は、完璧なすばらしさであった。

 あの心配から3カ月……「カーザ・ヴィニタリア」と名づけられたその店は、満席の日が続いている。行ってみてすぐに納得した。料理、価格、ワイン、インテリア、そしてサービスと全てにおいて、興奮するほどいい店なのである。興奮のあまり、店を出たところで何人かの友人たちに電話をしてしまったほどだ。

 伝説と化した名店「アロマフレスカ」にも似た狭い店内。コースは必ずとれたて有機野菜のバーニャカウダから始まる。これだけで白ワインが一本空いてしまうほど、量が多く、そして旨い。新鮮な野菜をたっぷりいただいたあと、前菜、手打ちパスタ、魚料理、肉料理をそれぞれ自由にチョイス。しかもその途中に、キャセロールを使った野菜料理が一品。さらにシメとして、トマトソースかペペロンチーノのどちらかを選べるシンプルパスタまで出てくるのだが、これが凄い。繊細な味加減はもちろん完璧。おなかの具合によって30g、60g、100gと好きなだけ量を選べるのだ。これにデザートが付いて、一人何と5500円。これだけの感動を5500円で得られるなんて、「お金って素晴らしい」と思った。

 どんなに立地が悪くても、いい店なら確実に流行る……ということを原田さんに学んだ夜であった。

×月××日

 近所のスーパーで「やきとり屋さん キャベツのうまたれ」という博多発の調味料を発見。新キャベツの時期でもあることから、迷わず購入する。

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子供の頃に父親に連れられて行った焼き鳥屋で、キャベツにかかっていた甘酸っぱいたれはまさにこれ! 懐かしい味だ。

 九州に住んでいた頃、よく父親に連れられて焼き鳥屋に通っていた。その時一番好きだったのが、焼き鳥でも豚串でもなく、一緒に付いてくるザク切りのキャベツ。そのキャベツには、ポン酢のようでポン酢ではない、やや甘酸っぱいたれがかかっていた。たぶんアレが「キャベツのうまたれ」に違いないと期待しつつ、早速、食してみた。

 すると……まさにビンゴ! その名の通り、舌が記憶していた焼き鳥屋の味だった。ザク切りにした生のキャベツにかけるだけ。新キャベツの甘みを引き立てる程よい酸味がたまらなくいいのである。

 ノンオイルドレッシングのようなものだから、低カロリー。今年の夏はキャベツダイエットで乗り切ろうと心に誓った……のだが、いや、待てよ。黒酢ダイエットは根拠なしと報道され、今年に入って始めた豆乳クッキーダイエットもクッキーが美味しいあまり食べ過ぎてしまい挫折。そんな自分は、軽々しく、キャベツダイエットなどと口にしてはいけないのかもしれない。でもまぁ、がんばろう。

×月××日

 ミシュランで41年間も三ツ星を維持しているポール・ボキューズさんと同じテーブルで食事をする、という幸運を得る。

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伝説の三ツ星シェフ、ポール・ボキューズさん、日本人でただ一人星を持つ平松宏之さんと。印象的なディナーであった。

 今回、ボキューズさんは、広尾の「レストランひらまつ」で料理フェアを開催するために来日。そのフェアが始まる前日、ボキューズさんを父親のように慕う平松宏之さんがボキューズさんに料理を振る舞う、という夢のようなプライベートディナーが開かれたのである。ミシュランで日本人としてただ一人星を持つシェフが、フランス料理界の巨匠のために作り上げる料理……それは間違いなく一つのオマージュであり、そしてたぶん挑戦状であった、と僕は感じた。料理を食べ終えたボキューズさんは、いつかきっと、三ツ星を取る日本人の料理人が出現するだろう……という感想を残した。

 帰り際、僕はボキューズさんにこんな質問をした。

「日本で一番美味しいと思う料理は何ですか?」

 すると、もうすぐ80歳を迎えるフレンチの巨匠はこう即答したのである。

「カレーライスだね」

 彼に言わせれば、日本のカレーライスはソース文化の一つの到達点らしい。帰りの地下鉄の中で、僕はしばらくニヤニヤしていた。

×月××日

 ボキューズさんの影響でどうしてもカレーが食べたくなり、赤坂の高級お好み食堂「燻」へ。とにかくうまいカレーを! とオーダーしたら、「スープカレーチャーハン」という妙な料理が出てきた。燻製したカレー粉でカレーチャーハンを作り、仙台牛入りのカレーをスープ状にして合わせる。しかもそこに、ピーナッツバターがのっているのである。恐る恐る食べてみると、これが……思わず小躍りしたくなるほどにうまい。砂糖を全く加えていない作りたてのピーナッツバターが、暴走しそうになっているスパイシーなカレーソースの絶妙なブレーキになっている。チャツネの代役でありながら、男の味覚にピッタリの存在だ。カレーライスとピーナッツバターがこれほどマッチするとは!……ボキューズさんの80歳のバースデープレゼントはピーナッツバターがいいかもしれない。

×月××日

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コーヒーの豆を挽くようにピーナッツをマシーンに投入すると、ピーナッツバターがにゅるりと出てくるのであった。面白い!

「燻」で食べたピーナッツバターが、麻布の「ナショナル麻布スーパーマーケット」で売られていることが判明。早速買いに行って驚いた。まずピーナッツを購入し、それからコーヒー豆を挽くように自分でピーナッツバターを作るのである。

 マシーンに投入するのは、本当にピーナッツだけ。スイッチを入れると、甘味のないピーナッツバターが出てくる。これで1カップ497円。最近見つけた一番のヒットアイテムかもしれない。


「カーザ・ヴィニタリア」 東京都港区南麻布1-7-31 M Tower2階 TEL.03-5439-4110
「ナショナル麻布スーパーマーケット」 東京都港区南麻布4-5-2 TEL.03-3442-3181
 
 
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