記憶と勘を頼りに自分で寿司を握ってみたら
意外に旨かった。「すし薫」を開こうか……

 
 
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、財布を気にせずに中トロを腹いっぱい食べたいがあまり、
ついに自分で寿司を握り始めた。
寿司屋で食べていても、職人の手元が今まで以上に気になってしまうのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・写真新井孝一 = 題字
 
 

×月××日

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自分で寿司を握ると手がシワシワになることがわかった。

 突然、自分で寿司を握ってみようと思い立つ。きっかけは実に単純。寿司屋のカウンターで注文すると大層な値段を取られてしまう中トロを、財布を気にせず腹いっぱい食べてみたくなったのである。おそらくデパートの鮮魚売り場に行けば、銀座の寿司屋で食べる大トロ一貫分の値段で、本鮪の中トロを柵で調達できるに違いない。思い立ったが吉日、早速行動に出た。

 向かったのは、日本橋三越。江戸前の気分を出すには、日本橋の老舗に限る。地下の食品売り場で、中トロ(当然、外国産の冷凍モノ)、赤身、アオリイカ、アジ、平目、帆立、卵焼きを購入。これまでの客としての経験だけを頼りに握るならば、これが精一杯との判断で7ネタに止めた。

 家に戻って舎利を炊き、インターネットの情報をもとに酢飯を作る。「舎利の温度は人肌がいい」とは聞くものの、では一体どうすれば握るタイミングで人肌の温かさになるのかが分からない。よく研いだ柳刃包丁でネタを切り、鮫肌で山葵を卸し、手酢とやらも用意して、馴染みの寿司屋でいつも見る動作を思い出しながら、えいや!と自己流で握ってみた。最初に握ったのは、中トロ。これが……覚悟していた以上にうまい。

 平目とアジはそのまま、イカはネタと舎利の間に海苔をはさみ、軽く酢橘を搾ってブルターニュの塩を3粒ほど乗せた。赤身は、赤ワイン(ピノノワール)をちょっと垂らした醤油で“づけ”にして……と、見よう見まねでやったわりには、一応、寿司になっているのである。勘定を気にすることなく、握って食べて、食べてはまた握る。あぁ、何という幸せ!

 本腰を入れて特訓したあと、友人たちを招き、「すし薫」の暖簾を出してみるのも面白そうだ。それにしても、自分でやってみてやっぱり確信した。一流の寿司職人は芸術家である、と。

×月××日

 フランスのコニャック市へ取材旅行。そう、コニャックの酒蔵巡りである。3泊5日のスケジュールで、朝から晩までコニャックを飲み続けた。午前中に5杯ほど試飲して、ランチをとりながら3杯。午後にまた5杯ほど試飲して、ディナーのときに4杯。たぶんこれまで飲んだ一生分のコニャックを、この3日間で完全に上回ったはずだ。

 今回、何人もの造り手に出会い、蔵を見学して、コニャックは誤解された酒である、とつくづく思った。長い時間をかけてとても誠実に造られているのに、地に足が着いていないイメージが強い。あるいは、何十年も寝かせて造る高価なお酒に合わせた煌びやかなボトルが、皮肉にもそのイメージをねじまげているのかもしれない。

 驚いたのは、造り手の多くが、自分の代で完成させることを当たり前とは思っていなかったことだ。30年、50年と熟成を必要とする樽は、次の代に受け継がれてボトルに詰められる。時間に対してあまりにも謙虚なコニャックというお酒を、何も理解しないまま飲むことは一つのグルメ犯罪に近い。

 グラスにコニャックをそっと注ぎ、時間が作り上げた色と香りを楽しんだあと、どこまでも続く深い余韻に痺れた。

×月××日

 コニャックから戻る飛行機の中で、いつもの如く、日本到着後の第一食を何にするか悩む。おなかをグゥグゥ鳴らしながらアレコレ迷うのがいい。

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「天孝」主人の新井孝一さんが揚げてくれたのは、200尾の海老の髭でようやくひとつできるという幸運(?)の天種“海老の華”。

 成田に到着して直行したのは、神楽坂の「天考」。純然たる和の気分を味わいたくて、お座敷天ぷらを選んだ。

 いつも控え目で寡黙なご主人が、珍しく自ら口を開く。

「幸運でしたね。今日はちょっと珍しいものがあるんです」

 それは、さいまき海老の髭を海苔で束ねた天種だった。最初はほうきのようにまっすぐに伸びているが、揚げるとまるで花が開いたように広がる。勝手に命名するならば“海老の華”とでもいおうか。長い髭だけを選んで使うため、200尾の海老を使ってようやく一つできるものらしい。

 海老の香ばしさが口の中いっぱいに広がる。宝くじに当たったような、とてもいい気分になった。

×月××日

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「元旦」の豚鍋は旨い。締めのラーメンがまた旨い! これで2000円とは安い!

 中目黒「元旦」にて豚鍋をつつく。看板のない隠れ家的なお洒落な居酒屋。インテリアと料理のセンスがバランスよく成り立っている。スポーツジャーナリストのN氏が紹介してくれた豚鍋は確かにうまい。鶏がらのだしで煮込んだ、豚肉、キャベツ、水菜、きくらげなどを、柚子胡椒の利いたポン酢とラー油入りのゴマだれでいただく。思わず家で真似したくなる手軽さ。雑炊ではなく、ラーメンで〆るのもいい。しかも2人分で2000円也!

 いつまでも初心を忘れないようにと、「元旦」という名前にしたらしい。行きつけの店がまた一つ増えた。

×月××日

 銀座「鮨・水谷」の真新しい檜のカウンターで極上の握りをいただく。「すし薫」の開店を夢見る自分としては、今まで以上に水谷さんの仕事が気になる。

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「水谷」の“焼酎のガリ酢割り”。最近の大ヒットだ。

 右手で掴んだ舎利が、掌の中でクルクルッと回る。どうすればこのような神業ができるのか、不思議で仕方がない。水谷さんの技を盗むなんて、百年早いと思うが、今回一つだけ「すし薫」に使わせてほしいアイデアを見つけた。それは、焼酎のガリ酢割りである。麦焼酎にガリ酢を入れ、水を加える……ただそれだけで、目から鱗のうまさなのである。

「これ、真似していいですか?」

 と尋ねたら、水谷さんは笑いながらこう答えた。

「やってもいいけど、うちのガリ酢じゃなきゃ、うまくないよ」

 握りを練習する前に、もっともっと学ぶべきことはたくさんある。

×月××日

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北海道限定発売の「じゃがポックル」。フライトアテンダントの間で大人気だとか。

 北海道限定のスナックをお土産にもらう。その名は「じゃがポックル」。とれたてのじゃがいもを皮付きのままじっくりフライにした特上の「じゃがりこ」である。あまりの人気に生産が追いつかず、地元でも伝説のスナックと化しているらしい。

 やるなぁ、カルビー。

天孝 東京都新宿区神楽坂3-1 TEL03-3269-1414
水谷 東京都中央区銀座8-2-10 銀座誠和シルバービル地下1階 TEL03-3573-5258
 
 
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