シンプルが断然おいしい!
「野菜鍋」宣言
シャキシャキ、くたくた……冬野菜の一番おいしい瞬間をキャッチ!
実力店で人気の鍋は野菜が主役!
「シンプル野菜鍋」の時代がやってきた
しかしストイックな精進鍋はつまらない。肉や魚からはいいだしが出るからだ。
具材の種類は少ないほうが味がシャープで断然おいしい。
ふと見回してみると、ホラありました、気の利いた“野菜鍋”の店が!
「野菜だけじゃ、おなか一杯にならん」
テーブルをひとにらみ、エラそうにそっくり返って不機嫌なオトーサンは、時代から置き去りにされる運命だ。
なにしろ鍋も、野菜が主役の時代です。
「え、いつからだよ聞いてないよー」
声を裏返してオトーサンはあせるのですが、ま、仕方ありません。しゃぶしゃぶやらちり鍋やら、ずーっと野菜は鍋の添えものに甘んじてきたのだからね。
野菜は、鍋のにぎやかしではない。肉や魚介の引き立て役でも増量作戦の実動部隊でもない。いやそれどころか、ことのほか鍋ならば、野菜は秘めていた実力を花開かせて発揮する。
「そんなのちっとも知らなかったよ」
じゃ、教えてあげる。挙げた右手も高々と「野菜鍋宣言」、叫ばせてみせましょう。
鍋の素材は少ないほうが
焦点がボケずに味が決まる

- “麩なべ”(東京・下北沢「七草」)
揚げた車麩からしみ出るコク、生麩のもっちりとした食感、青菜のみずみずしい風味とシャキッとした歯ざわり……。どれ一つ欠けてもこの味は成立しないと思える、見事なバランス! 余分なものを潔くそぎ落とした“野菜鍋”の傑作だ。
冬の日暮れ、まんまるお月さまを仰ぎながら坂道を下ってゆくと、線路脇の踏切すぐ手前、あたたかなオレンジ色の灯りを灯して迎えてくれるのは、下北沢「七草」。開店して2年来、料理の中心は野菜。この店で野菜のおいしさに開眼させられた人は、引きも切らない。
今夜も「七草」は絶好調だ。百合根のすり流し、えび芋のうす葛仕立て、大根や高野豆腐、舞茸の炊合せ……野菜のおいしさがじわじわ五臓六腑に浸み渡る。さあいよいよ後半、冬限定のお楽しみ。
それが“麩なべ”だ。ふつふつ湯気を立てるたっぷりのおだしに入れますものは、素揚げした車麩、生麩、水菜、以上。
「ええと、それだけ?」
わかってませんね。あのね、そうなの。わずか3種類、ここにこそ大きな意味と価値がある。
じつは冬が来るたび、自分でつくる鍋も、入れる素材の種類が年々減った。あげく、私の鍋の法則は次の通り。
「素材の種類の基本は3つ」
たとえば定番は「塩豚、春菊、水菜」。だって、同じ青菜でも春菊と水菜では食感も味わいもまるきり別だもの。素材を絞れば絞るほど火を通すタイミングに集中するから、逆に野菜のおいしさを逃さない。こちらの味覚だって敏感になる。つまり、こうも言えます。素材が多ければ、鍋の味はボケる。素材の持ち味も、舌の上でいっしょにボケて混ざる。
「おいしさの焦点がブレない鍋がつくりたかったんです」
年中野菜と向き合い、自ら野菜を仕入れる「七草」店主、前沢リカさんの“麩なべ”には、だから強烈なインパクトがある。
加熱具合も自分の箸次第。
“熱々の瞬間”を逃がすな!
車麩のこっくり、しっとり。生麩のむっちり、もっちり。水菜のしゃきしゃき。巧みに計算された組合せの妙をおだしのうまみがつないで、鍋ならではのおおらかなリズムをつくり出す。そのうえ、入れたり引き上げたり、「熱々の瞬間」を采配しているのは、ほかならぬ自分の箸! この緊張感もまた、鍋の快感です。
さて、鍋に残ったすっきりクリアなおだしにごはんと溶き卵と三つ葉を入れ、待ちかねた締めくくりの雑炊だ。「おお!」。はっと胸を衝かれた。わずか3種類の鍋だったからこそ、味覚が鋭敏に澄まされている。すべてのうまみを吸い込んだごはんが、これほど豊かにぷっくりふくらんでいるものとは!
じつは野菜鍋は、予想外の展開を遂げていた。あのですね、銀座のどまんなかで野菜1種類、それもねぎだけ!「野菜だけかい」とゴネてみたいオトーサンも、思わずたじろぐ潔さだ。
昨年秋、銀座にオープンしたばかりの「春秋 鉄鍋」は、連日満員の大にぎわい。なかでも話題を呼んでいるのが、肉とねぎだけの超シンプルな“蒸し鍋”だ。

- “蒸し鍋”(東京・銀座「春秋 鉄鍋」)
ねぎの水分で豚肉が蒸され、しみ出た豚肉の旨味をとろりと甘いねぎがたっぷり含む。豚肉とねぎが最強タッグを組んだ一品だ。無菌豚ロースとネギの蒸し鍋2300円(2人分)。佐賀和牛とネギの蒸し鍋4000円(2人分)も。
いや、目からウロコが落ちました。焼くでも炒めるでも、煮るでもない。ねぎの水分だけで鍋肌からじわーんと火を通し、肉もいっしょに蒸すところに、ワザあり一本。味つけは塩とごま油だけ。
目の前でねぎがみるみるしっとり汗をかき、くたーっと互いにしなだれかかり始める。今が食べごろと見定め、すかさず箸で捉えると……。
甘いっ。熱いっ。うまいっ。
「上手な食べ方は、火を通し過ぎないこと。そろそろ……となる直前がちょうどいいんです」
深いなァ。店長・野中眞吾さんの「食べごろ」指南に惚れ惚れ。肉の脂がふわーっと広がった瞬間を逃さじ! 襲いかかるようにして肉といっしょに頬張ったねぎのごちそうぶりに、箸も仰天。
引き算し尽くした鍋には、弓矢をぎりぎりまで引き絞り、チカラを溜めこんだ瞬発力が弾けているのだった。
その対極を行くもうひとつの野菜鍋“京野菜のしゃぶしゃぶ鍋”もぬかりなく用意されている。だいこん、水菜、九条ねぎ、金時にんじんなど、色とりどりの野菜が6種類。かつおだしの波間をひらひら舞う姿は、風になびくあでやかな天女の衣。幅も厚さも美しく切り揃えられ、銀座の中心で愛を叫ぶ。ああ、野菜が堂々たる鍋の主役を果たしている――ついにそんな時代が到来したか。涙もちょちょ切れる思いに身を震わせた。
季節や保存状態によって変わる
野菜の味をダイレクトに堪能する

- “豚菜しゃぶしゃぶ”(東京・三宿「嘉六」)
豚菜しゃぶしゃぶは、単品でチョイス。特選原種豚(本日はイベリコ)の肩ロース、水菜、クレソン、三つ葉、下仁田ねぎ、白菜、椎茸、ほうれん草など。「豚の旨味で十分だから」と、スープに鰹だしは使わず、昆布だしを酒、塩で調味し、にんにくを一片浮かべて風味をプラス。自家製ポン酢か胡麻味噌だれで食べる。
「ひとつの野菜にも、走り、旬、名残り……いろんな時期の味わいがあり、使いどきがあります」
野菜は、味も色も形も、季節の移ろいに添うて刻々と変化してゆく。だからこそ、扱い方、生かし方が肝心になると言う三宿「嘉六」代表、小宮正嗣さんの言葉には、強い説得力があった。
「嘉六」の“豚菜しゃぶしゃぶ鍋”は、銘柄豚と月々の野菜を組み合わせる仕立て。小宮さんはそもそも4年前、いち早く野菜料理に先鞭をつけた店「GOKAKU」で“野菜鍋”をつくり出したその人だ。
「90年代当初、ニューヨークで野菜をメインにした料理やカフェの野菜メニューを見て、『そうか、野菜だ!』と。近郊のニュージャージーあたりからマンハッタンに届く野菜はパワフルな土の味がして、強く刺激を受けました」
しかし、オーガニックだけにこだわる“ナチュラル志向”に非ず。選んでいるのは、信頼の置ける農家が育てた新鮮な関東一円の野菜。野菜を仕入れたあとも、貯蔵の仕方ひとつ気を配る。
「たとえば根菜は、鮮度がよければいいわけではないんです。にんじんは、届いたのち寒暖の差に数日さらすと、いっそう甘みが増す」
ですから野菜はひと筋縄じゃいきません、と小宮さん。野菜にも立場というものがある。主張もある。一歩退いてそこに耳を傾けるほど、しゃしゃり出て野菜を無用にいじりたくはない。
ただし、野菜のうまみをより生かすことにおいては貪欲だ。「嘉六」の“野菜鍋”を、豚のしゃぶしゃぶ仕立てにした理由は「脂のうまみが野菜を引き立てるから」。肉はだしの役目も負い、ついに野菜の軍門に下った。

- “酸菜火鍋”(東京・三田「華都飯店」)
たっぷり入った白菜の漬物(酸菜)のまろやかな酸味と独特の風味がファンを虜にする“酸菜火鍋”。初代オーナーの出身地・中国東北地方の家庭料理だ。ご飯に残ったスープをかけて食べるのもお薦め。
つくづく、野菜には底なしの知恵が備わっている。そう教えるのが、三田「華都飯店」の“酸菜火鍋”だ。豚肉やワタリガニ、かき、春雨などをふんだんに煮こむが、真の主役は甕で熟成発酵させた白菜の漬け物。中国東北地方に伝わる郷土料理である。
「年末年始は必ずこの鍋を囲みます」
オーナー・馬遅伯昌さんにとってもなつかしの“野菜鍋”は、まさに大地と気候風土の贈りもの。くつくつ煮るほどに鍋いっぱい、じんわり自然の滋味が深まる。
さっと一瞬だけ火を通す。ほんの少し煮てみる。じっくり煮込む。火の通しようひとつで、どんな“野菜鍋”も、いかようにもおいしさを変えて姿をあらわす。
「は〜、野菜はこんなにうまかったのか」
右手を挙げたついでに左手も挙げちゃって、めでたくも声高らかに「バンザーイ」と叫ぶオトーサンである。
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※2005年2月号では、さらに豊富な写真や店の詳細等も掲載しています。ぜひ、ご覧下さい。
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