シェフが描いた絵を手掛かりに、
手長エビ探してひと騒動

 
 
福地享子 = 文坂木浩子 = イラスト
 
 

 うちの店の大将は、19歳で河岸に入り、小物屋としてずっと働いてきた。小物屋というのは、寿司や天ぷらのネタを扱うのが商売。天草、愛媛、船橋、氷見と産地ごとのコハダの微妙な違い、江戸前のアナゴのすばらしさと、私もどれだけ教えてもらったことか。

 70歳を超えた昨年あたりから「息子に代をゆずるんだから、おとなしく……」と、神妙なことを言い始めたが、そこは習い性、「ぶったるんでるぞ、オメエら」「バカヤロウ、なにやってんだ」と、破れ鐘のような声が店に響かぬ日はない。声も身体もひと一倍大きく、そのひとが仁王様のように真っ赤な顔して怒鳴るのだから、そりゃもう迫力充分。やけに静かだと思えば、コハダなんぞをおろしている。ヒョイと背を丸め、鼻唄まじり、グローブのような手で器用にコハダをさばく様子からは、心から魚屋稼業が好きでたまらぬ、といった匂いが伝わってくる。

 しかし、小物屋だけでは、商売も限られる。そこで、大将は洋風料理の店へも販路を広げようと考えた。そして、ちょっぴり笑い話のような事件が起こった。

「イタリアで、うまいエビを食ったんだよ。日本でも、手に入らないかなぁ」

 御用聞きに伺ったあるイタリア料理店のシェフに、そんな相談を持ちかけられた。

「なるほど、手が長くって手長エビ。まかしてください、河岸に私が何年いるかってね」

 エビのたぐいは小物屋の範疇ではない。しかし、そこは大将、河岸を走り回り、意気揚々で、手長エビとやらを見つけてきた。ところが……。

「なんだよ、オヤジ。ゴミみたいなエビじゃねえか」

 注文のエビではないと、シェフが言う。

「バカ言っちゃいけねぇ。ホレ、手が長いじゃねえか。手長エビったらこれだよ」

 いきり立つ大将に、シェフは、紙に実物大で、注文のエビを描いてみせた。なるほど、形は似ているが、大将が持ち込んだものに較べると、5〜6倍の大きさである。

「ヨッシャ」

 今度は、その紙をヒラヒラさせて、外の輸入業者さんの間を駆け回り、数カ月後、やっと納入できた。

 手長エビ。イタリア料理の花形食材、スキャンピのことだった。イタリア料理がブームになる前の話である。

 しかし、大将は、決してトンチンカンなことをやったわけではない。当時、河岸で手長エビといえば小さな川エビのこと。スキャンピの存在なぞ、だれも知らなかったのだ。それが今では、手長エビ=スキャンピとなり、甲殻類人気の高まるクリスマスには、欠かせぬ一つとなっている。

 スキャンピに限らず、小物屋にとって、洋食屋さんは未知の世界。思わぬ発見を提示してくれる存在でもある。

 ある冬、福島の浜を回ってきた大将が買ってきたのは、トラの尾っぽ大のむきアンコウ。頭も肝もない。ツルンと皮をむいたアンコウである。ベラボウな安さだったらしい。

「こんなもん、売れるわけねえや」とばかり、売り子は、店の隅に隠すように置いた。ところが、そのちっぽけむきアンコウをめざとく見つけたのは、イタリア料理のシェフ。ヴェニスではそのサイズのアンコウをよく使うとかで、喜んで買っていった。もちろん翌冬から、そのアンコウは定番商品となった。

 寿司屋さんに混じって、活締めの魚を見繕うシェフもいる。シマアジ、カンパチ、タイと、寿司ネタとしか見ていなかった魚が、カルパッチョ用に買われていく。赤ワイン煮にするといって、フランス料理の店からアナゴの注文が入った時も、ひと騒動だった。

「昔は寿司屋や天ぷら屋と組んで、いろんなことやってきたけど、今度は洋食屋だろ。感性っちゅうやつが違って、なんだろうね、おもしろいやねぇ」

 感にたえない大将の、引退の日はまだまだ遠い先のこと。

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[今月の魚]
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 この冬は、ブリの当たり年かも? そんな予感がする。というのも、秋の終わりのワラサが、とてもよかったからだ。ワラサは、ブリの若魚だが、充分に脂ものって、ブリ並み。もちろん天然、価格も手頃だった。今年は、台風の影響か、サンマも戻りガツオも昨年並みにいかなかっただけに、ブリへの期待が大きく膨らむ。12月に入って入荷は本格化、来年2月頃まではうまさが続く。

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スキャンピの和名は、アカザエビ。駿河湾が有名な産地だが、漁獲量が少ないためにとびっきり高い。

そこで、今、広く使われているのはニュージーランド産。海から揚げてすぐに船内冷凍したもので、味もいい。

 
 
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