明るく元気にカレーライス
午前11時、オフィス街の一角に集まる赤や黄色のワゴン車たち
「屋台カレー」は、都会の活力源だ
そんな彼らの「ランチ問題」を解決すべく、丸の内や大手町に現れる「ネオ屋台」。
なかでも、毎日長蛇の列ができるほど人気を集めているカレー屋台。
果たしてその実態とは……。

- 大手町のサンケイビル広場の金曜日は、カレー屋台が集まる「カレーの日」。ビル前の広場のテーブルもカレーを楽しむ老若男女で大賑わい。テーブルの数が少ないので相席は必至だが、知らない同士も、会話が弾んでなごやかな雰囲気。
燦々と降り注ぐ陽の光に輝くルウのおいしそうなことといったら、もう、もう! そう、青空の下で食べるカレーはことのほか旨い。といっても、そこに川のせせらぎやテントがあるわけではなく、ここは丸の内のオフィス街のど真ん中。昨年4月から東京サンケイビルや東京国際フォーラム、丸の内トラストタワー前などに、ランチ時に登場するネオ屋台村である。
ここの屋台カレーがおいしいとの噂を小耳に挟んで、出かけてみたら! あちこちの、ワゴン車を改造した屋台からスパイシーな香りが漂ってくるわ、男前の屋台のお兄さんの「いかがですか〜」という声が飛び交うわ、屋台はどこも、ワイワイと長蛇の列で、おもちゃ箱を引っ繰り返したような賑やかさである。一気に高まる私のテンション。おう! 片っ端から食べてやるぜ、と鼻息も荒くなるってもんだ。で、実際に食べてみた。そうしたら! なんと、どこもかしこも旨いのである。しかも600円前後と安い! びっくり。
屋台村といっても、ひと昔前の、屋台とは名ばかりの店舗コマ割りスタイルの屋台村とは違って、ランチタイムにおのおのキュートに彩られたワゴン車で広場に集まってくるところが"ネオ"。そして、屋台とはいえ、いずれもハイレベルな味を誇っているところも"ネオ"である。これは、ちょっとあなどれないぞ、屋台カレー。
建築会社を辞めて、この道に。
試行錯誤の末に完成したカレー

- 「HANAカレー」の須田一寛さんは、脱サラしてカレー屋台を始めた。この道に入ったきっかけは、人さまざまだ。
ということで、ネオ屋台村の最古参である「HANAカレー」に、どっぷり密着して、屋台カレーの謎を探ることにした。朝6時半。まだひっそりと寝静まった北品川の商店街にあるお店に伺うと、すでに店主の須田一寛さんは、豚の挽き肉をアグレッシブに炒めていた。須田さんは元建築関係のサラリーマン。
「十数年勤めた会社を辞めて、友達が始めるというカレー屋を手伝うって話だったんですけど、友達が急に会社を辞められなくなってしまって、仕方なく自分一人で始めるはめに(笑)。最初は店舗を出す資金がなかったので屋台でカレーを売るようになったのが5年前。知り合いの厨房を借りて見よう見まねで始めました」と須田さん。タイ料理店や食材店から集めた情報を基に、1年の間、試行錯誤を繰り返してオリジナルのエスニックカレーを完成させた。

- 店長の須田さんとスタッフの斎藤さんは朝の6時から仕込む。屋台の売り上げは天気に左右されるので、朝の天気予報を確認してから須田さんの奥さんも助っ人に。
「どうせやるならおいしいものをつくりたいでしょ。ケチくさいのが嫌で、素材もレシピも凝っちゃったんですよね、だから儲からない」と苦笑いするカレーは、ココナッツミルクたっぷりの濃厚な旨さにして、口当たり軽く、香りのよさが群を抜く。一口で手間がかかっていることがうかがえる深い味だ。

- まだ熱々のカレー鍋を車に積み込むときが一番緊張する瞬間だ。車の揺れでこぼれないように、きちんと固定して出発!
また、カレーにどっさりトッピングがのるのもここの特徴。須田さんが炒めていた豚の挽き肉は、ナムプラーで味つけされ豚そぼろに仕上がった。続いてカリカリのフライドオニオン、ほうれん草のソテー、鶏の唐揚げ、トマトのマリネが出来上がったのが8時半。早朝から煮込んでいた男爵芋をつぶして練ってマッシュポテトをつくり、日替わりトッピングのスナップエンドウをソテーしたら9時半だ。これからカレーの準備がスタート。仕込みはいよいよ佳境に突入する。まずは、海老のすり身入りのカレーペーストをオリーブオイルで炒め、ナムプラーで味つけ。水を加えて、ミキサーで挽いた7種類のハーブやにんにくを加えて煮込んだら、大量のココナッツミルクとクリームを投入。仕上げに香菜を加えたら、時計の針は10時15分。ここから、あっという間にパッキングをして、ワゴン車に積み込んで一路東京国際フォーラムへ。
「屋台をやっていると屋台仲間ができるんですよ。ネオ屋台村に参加するようになったのも、そういった横のつながりから」とハンドルをさばきながら須田さんは語る。ネオ屋台を運営するのはイベントプロデュース会社のワークストア・トウキョウドゥ。昨年、この会社が催したイベント会場に出店したのがきっかけなのだそうだ。そうこうしている間に東京国際フォーラムが見えてきた。

- 12時頃には「HANAカレー」の前に長蛇の列が。お目当てのエスニックカレーは、ほうれん草のソテーとフライドオニオン、マッシュポテトの基本トッピングに、そぼろ肉、鶏唐揚げ、トマトのマリネの中から1種類選べる。650円。
11時過ぎに広場に着いたら、須田さんは、他の屋台の主たちと挨拶を交わしつつしばしの談笑。ふと周りを見回すと、みんな開店準備をしながら、楽しそうに声を掛け合っている。各屋台同士、商売敵というよりも、学園祭のような和気あいあいとした雰囲気だ。"ネオ"なのに、昔ながらの商店街のようなほのぼのとした空気がほっこりといい感じ。
さて、屋台に戻ってきた須田さんが看板を出し、あれこれ車内の準備をし終わった11時20分にはすでに行列ができた。お客さんと楽しく会話をしながらも、テキパキとカレーを盛りつける須田さんの手は休まることがない。あれよという間に午後2時前には完売だ。看板を片づけながら須田さんはしみじみと語った。
「カレー屋台は、ほかにおかずがないからカレーの味一本の勝負です。簡単そうに見えて、実は難しい。屋台のカレー屋はできる数も一番多いけど、消えていく数も一番多いんです」
数々の屋台が集まる広場は、
カーニバルのような賑やかさ
ネオ屋台村にはほかにも、札幌から進出し、サラサラのスープカレーが人気の「カリー・カリー」や、ミートソース風のルウが、ちょっと和風で懐かしい味わいの「jungle Foods」、インドカレーの「インディ」などなど、1週間、毎日食べても食べきれない数のカレーが集まる。ドライキーマカレーと10時間かけて煮込むインドカレーが人気の「スパイシーダイニング」は、有名インド料理店で10年以上修業した中川和司さんと三ヶ尻健さんの屋台だ。

- 「スパイシーダイニング」のドライキーマカレー550円。ドライカレーというより茄子と挽き肉のスパイス炒め、といった趣のしっとりとした口当たり。ほくほくとしたひよこ豆がいい。水を使わないインドカレーも人気だ。
「店を出したくても資金がなくて、屋台から始めたのですが、軌道に乗るまでは大変でした」と三ヶ尻さん。屋台カレーが認知されるまでは、なかなかお客さんが集まらない日が続いたことも。また地域によっては怖いお兄さんにからまれた、といった苦労は、どの屋台からも聞こえた声だ。
「そういう意味では広場に出店するネオ屋台村は、私たちもお客さんも安心できる。運営側からも"いいものを出してくれ"と言われるのでやりがいがあります」と中川さんは語る。
「屋台が集まったら楽しいだろうな、という単純な発想からスタートしたのがネオ屋台村。そこで、われわれが携わるイベントに出店されてた屋台の皆さんに声をかけて、だんだんと規模が広がってきたんです。でも、屋台なら何でもOK、ではなく、味にこだわるいいお店を選んでいきたい」と語るワークストア・トウキョウドゥの石澤正芳さんの元には、現在、屋台をやっている人から「うちもやりたい」という問い合わせが引きも切らず、出店待ちの屋台が何軒も控えているのだそうだ。現在はカレーを中心に、約60の屋台が毎日四つの広場に登場するネオ屋台村だが、今後も場所が確保できれば、屋台の数も増やしていく予定とか。これからどんなカレーが登場するのか、ますます期待が高まる。
そう、ここの屋台主は、皆、一国一城の主。自分が手塩にかけたカレーを対面で売るわけだから、お客さんの「おいしかった!」の声に応える笑顔もとびきりだ。一介の客風情の私のカレーに対するちょっとした質問にも、一生懸命応えてくれるところからも、おいしさを伝えたいという真摯な姿勢が伝わってくる。屋台のカレーがことのほか旨いのは、こんな笑顔と気持ちのトッピングがてんこ盛りされているからかもしれない。
コンクリートジャングルのオフィス街にやってくる移動カーニバルのようなネオ屋台村。このお祭りモードの中にいるだけで気持ちがなごんで頬が緩む。ベンチや石段に腰掛けてカレーを頬張るスーツ姿のビジネスマンも、このときとばかりに解放されたゆる〜い表情。OLグループからは笑い声が絶えず、プチ・ピクニック気分。そうかと思えば、普段はエスニック料理店に、おそらく足を運ばないであろう、たまたま通りかかったとおぼしき、上品なおじいさんが珍しそうにタイカレーに舌鼓を打ってたりするのもいい。
なかなか昼食にありつけなかったオフイス街の"ランチ難民"を救済し、さらにパワフルなスパイスの香りで、午前中の仕事の疲れをも吹き飛ばしてくれる屋台カレー。元気がもりもり充填されること請け合い。あーおいしかった、あー気持ちよかった。










