徳川さんが連れてきた漁師が築地の源さ。
佃の爺様は語る

 
 
福地享子 = 文
ふくち・きょうこ●
築地市場の仲卸「濱長」にチラシづくりを頼まれたことがきっかけで、店の売り子として居ついて、5年とちょっと。
著書『築地魚河岸猫の手修業』(集英社)では、大将に怒鳴られながらの修業の日々を綴ったが、今も変わらぬ日々が続行中、とか。
坂木浩子 = イラスト
 
 

 祭り提灯が、佃囃子にゆれていた。昨年8月の佃の祭り、住吉神社例大祭……。

 いつもはひっそりかんと眠っているような佃の町も、3年に一度の例大祭の間は燃えに燃える。住吉神社から佃小橋にかけてはひとの波。それをかきわけ、揃いの浴衣に白足袋の若衆(わかいし)が、獅子頭をかかげて駆け抜ける。町は一種の開放区状態。通りに面して開け放した家々の前には縁台が置かれ、歩き疲れてひょいと座ったら、浴衣を粋に着崩した爺様と目があった。それをきっかけに爺様の佃自慢をたっぷり聞かされたのだった。

「東京中に祭りはあるさね、だけど佃の祭りは伝統が違う。徳川さんが上方から漁師たち三十三人衆を引っ張ってきて始まったのよ」

 話はお江戸へと遡っていった。徳川さんとは、もちろん徳川家康のことである。

「あの頃の江戸の漁師の腕なんざ知れてるわけよ。江戸っていったって田舎でよ、上方からまぁ、漁の技術を導入したってことさね。といっても、漁師たちにゃ住む場所がねぇ、そんで江戸湾の中州に目をつけて、自力で島を造っちまった。それが佃の始まり。江戸の海に点を打ったる佃島ってよ。今じゃ埋め立てられて海も遠くなっちまったけどね」

 爺様のご先祖様も漁師だったという。

「色白は佃のなまけ者ってね、わかる? 昔はみーんな漁師さ。佃煮ってあるだろ。ありゃ、漁師のかみさんが漁へ出る亭主の弁当に持たせたものなのさ。うまいってんで、参勤交代で国元へ帰る侍が土産に持ち帰って、全国に知られるようになったというね」

 その味を伝える「天安」「丸久」「田中屋」と3軒の佃煮屋は、今も佃のメインシンボルだ。

「だけどご先祖様が偉かったのはそれだけじゃねぇ。築地の市場だって、ご先祖様に関係あるんだ。そもそもが築地の市場は、大正12年の大震災のあとに日本橋から引っ越してきたんだ。だから日本橋の市場から考えるのが筋ってもので、その日本橋だよ。上方からやってきた漁師たちは、将軍家へ魚を納めてたわけさ。すご腕で、地獄網って聞いたけど、ま、底引きだろうね、水揚げだってけっこうなものだった。将軍家へ納めたって魚は余っちまう。そんで、日本橋のたもとで売り出した。それが市の始まりってことだ」

 漁師のなかには問屋を始める者もでた。

「魚をとるやつ、売るやつにわかれたんだ。売るやつは陸作(おかさく)漁師、今でいえば仲買。築地の市場じゃ仲卸なんていってるけどね。ま、漁師から成り上がっていったのさ。だから築地市場の源は、佃が作ったのよ」

 爺様の怪気炎は、2時間あまりも続いただろうか。私は、築地市場の仲卸の一軒で働いており、その店が佃に事務所を構えていることもあって、文献でも佃と日本橋市場の繋がりはいろいろと読んできた。そうしたおり、家康に招かれて摂津の国の佃村(現大阪市西淀区)から森孫右衛門を頭にやってきた漁師衆が市場誕生に関わったというのは、必ず出てくる話である。しかし文献以上に、爺様の言葉のなんとイキイキしていることか。

 爺様に出会った翌朝、市場でいつも見ている仲卸の屋号のなかで、佃という文字を改めてなぞってみた。森孫右衛門の弟は、佃屋という名のもとに魚問屋となり、仲間を増やしていった。築地市場の仲卸の棟に縦横に走る狭い通路。頭上には、仲卸の屋号が表札がわりにかかげてある。「佃伊之」「佃多喜」「佃友」と、今、築地市場に残る屋号は、お江戸の昔をしのばせるものの一つである。

 築地市場は10年後をめざし、豊洲という新天地への移転計画を進めている。近代設備を装備した新市場。それは時代の要求として当然のことだが、胸の奥では魚河岸の言葉で代表される江戸の匂いを残したこの市場が消えることに寂しさを覚えている。江戸開府400年、日本橋時代から数えたらほぼ同じ年を歩んできた築地市場である。昔と今を行ったりきたりの市場ばなし、紹介していこう。

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[今月の魚]
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 サンマのシーズン本番。戻りガツオはいよいよ脂がのり、9月後半ともなれば九州から脂ののったサバも届くはず。9月1日はてんぷらのネタであるメゴチ漁の解禁。残暑のおりのてんぷらに、メゴチの味もお試しを。おなじみスルメイカの入荷も本格化。ハモは金色をおびたうまそうな姿で、再びの旬を迎える。夏が旬のスズキ、イサキ、アイナメなどは脂も落ちてそろそろ食べ納め。
 
 
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