フランス●パリ

いま学生街で流行の気取らないビストロ。
東洋の味と香りに魅せられたシェフの技が光る

 
 
在パリ
戸塚真弓 = 文と写真
 
 

 昔は、料理にもしょっちゅう恋をした。うっとりしたり、そわそわしたり、舞い上がったり……。恋心にも似た「ときめき」を感じる料理によく出会った。それが、近頃はさっぱりだ。おしゃれな器に小粋な盛り付けで、おいしさも中くらいかなのちょっと上、値段もほんのちょっぴりだけ高くて、融通がきく。でも、ハッとするような面白さと新しさに欠ける。今、街にあふれているのは、そんな料理である。

 非の打ちどころがない旨い料理は、値段にさえ目をつぶれば、望む時に食べられる。とはいえ、おいそれと目をつぶる気にはなれない。やはり、財布が喜ぶ値段で、舌が驚き、心がときめくような料理がよい。

LE PRE VERRE
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レ・プレ・ヴェール
8,rue Thenard 75005 Paris
TEL.01-43-54-59-47
営業時間/12時〜14時、19時30分〜20時 月曜は夜のみ
日曜休み

(1ユーロ=約135円 2003年5月13日現在)

 と、こうした長い前おきの後で、「あっ、この料理!」と、実に久しぶりに見初めて、熱心に通っている店をご紹介しよう。気軽に入れるビストロで、今年の3月、学生街のど真ん中に生まれたばかりである。だが、早くも大盛況。昼は界隈の大学の先生や研究者や編集者や書店主で賑わい、夜は界隈のホテルから外国人の観光客がどっとやってくる。人気のもとは、一にも二にも、昼の定食の値段が思いきり安いからだろう。そして、旨い。一度、定食を食べると、すぐにア・ラ・カルトで他の料理を味わってみたくなる旨さと魅力を持つ。ア・ラ・カルトは、前菜が8ユーロ、主菜は14ユーロ、デザート5ユーロで、それぞれが5品ある。ワインはロワール産やコート・デュ・ローヌ産の値段が手頃でおいしいものばかり。献立表はなくて、料理もワインも壁の黒板に。

 昼の定食はサービス料込みできっちりと12ユーロ。前菜と主菜の2品に、グラス1杯のロワール産の軽い赤ワインと良質のコーヒーが付く。定食の料理は日替りで、店の外に手書きの立看板が出る。実を言うと、私は毎日、この店の前を通る。目は、つい看板の文字を追う。料理の名がシンプルでわかりやすい。それでいて、他の店の料理と違うことを表明するかのように、スパイスの名前を盛りこんでいる。立看板の料理の名を毎日読むうち、どうしても食べてみたくなってしまった。

 たとえば、こんな料理が出る。前菜──マッシュポテトとフォアグラのテリーヌ、きゅうりのスープのコリアンダー風味、ブロッコリーのタルト……。主菜──子牛の頬肉の煮込み さつまいもの生姜風味添え、タラのオーブン焼き 燻製風味のじゃがいものピューレ添え。デザート──キャラメリゼしたパイナップルとバナナのスパイス風味、そして、いちごのパセリソース添え。

 どの料理もスパイスの匂いが快く薫る。といって、スパイスの風味はあくまでも柔らかい。オーナー兼シェフのドラクウルセル氏はスパイスの魔術師のようだ。多種多様のスパイスを縦横に使いこなしている。シェフはフランスきっての料理学校「トノン・レ・バン」を卒業。「フォション」で、そして、この2月に自殺したベルナール・ロワゾーの店で働いた後、東洋の味と香りに惹かれて、アジアへ味覚の旅に出た。日本、マレーシア、シンガポール、タイ、韓国、香港、中国など。その旅は5年間に及ぶ。旅の始めの1年間を日本で過ごし、関東や関西のフランス料理店で仕事をしている。この時、日本人のおいしいものに対する情熱と洗練された舌に触れたという。嬉しいことだ。

 ともあれ、この味覚の旅の体験と、その間に研究したアジアのスパイスを伝統的なフランス料理に見事に生かしている。料理の中味はその日の市場しだい。テーブルクロスはなく、ナプキンは紙。安くて旨い料理をつくるための節約だ。でも、グラスは美しい。そして、シェフは自分の身体を惜しみなく使っている。

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ア・ラ・カルトメニュー

前菜
マッシュポテトとフォアグラのテリーヌ
きゅうりのスープのコリアンダー風味
ブロッコリーのタルト

主菜
子牛の頬肉の煮込み さつまいもの生姜風味添え
タラのオーブン焼き 燻製風味のじゃがいものピューレ添え

デザート
いちごのパセリソース添え
キャラメリゼしたパイナップルとバナナのスパイス風味

 
 

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