特集/薫風「そば」案内
ポタージュのように濃厚なそば湯を出す店が増えている
「そば湯」の世界をめぐる物語
そのそば湯が今、変革の時を迎えている。ポタージュ様の濃厚なそば湯の隆盛だ。
濃いそば湯には圧倒的な存在感がある。さりとて昔ながらのそば湯も捨てがたい。
脇役の存在から脱しつつあるそば湯は、いったいどこに行くのだろうか。

- 濃いポタージュのようなそば湯の嚆矢(こうし)、「蕎麦 ふじおか」のそば湯。とろとろになったそば湯をそばつゆに注ぐと、溶け出したそば粉の微細な粒々までが見えてくる。
「巴町砂場」(東京・虎ノ門)は江戸時代から続く古いそば屋である。五代目の萩原昭さんによれば、そば湯を出す伝統は江戸時代の頃からあったらしい。
「江戸時代のそば屋は何でも屋で、酒や薬も置いていた。そばを食べ、そば湯で体を温め、帳場で求めた風邪薬を飲んでぐっすり寝る。そば湯にはそんな役割もありました」
老舗では、そばをゆでた釜の湯(釜湯)を汲んで四角い塗り物の湯桶に入れて出す。本来、そば屋ではお茶を出さなかった。そば前つまり酒を飲んで、そばをたぐり、最後にそば湯を飲んだものだ。酒を飲まない客にはそばの前にもそば湯を出す。「巴町砂場」でもそばを食べる客にお茶を出すようになったのは、比較的新しく昭和30年代以降である。
昔は濃いそば湯を出す釜前(そばをゆでる職人)は下手な釜前と言われた。そばを何度もゆでているうちに打ち粉が溶けて釜湯が濃くなると、うまくゆで上がらない。そばがまずくなる。そこで、現在でも多量のそばをゆでる店はそうであるが、釜湯が濃くなると入れ替えるか半分捨てて新しい湯を足す。したがって、あまり濃くないものが昔ながらの江戸前のそば湯であった。「砂場」だけでなく「藪」、「更科」の三大老舗の系統も昔から釜湯を汲んだそば湯を出している。

- 老舗では釜湯から汲んだそば湯を四角い塗り物の湯桶に入れて出す。「赤坂砂場」でも昔ながらの伝統を守っている。(撮影・久保田 健)
昔ながらのそば湯文化に風穴をあけたのが、かの「蕎麦 ふじおか」である。店主の藤岡優也さんは濃いポタージュ様のそば湯を初めて世に出した料理人だ。1980年に三重県松阪市で開店。89年に現在の長野県黒姫高原に移転した。そば湯は松阪で開店後1年経った頃には、すでに現在と同じように釜湯とは別につくっていた。ただし、濃さは少しずつ増していった。移転してさらに濃くなり、現在のそば湯が完成した。

- 大阪では、陶器のピッチャーでそば湯が出てくることが多い。関西手打ちそばの源流のひとつ「凡愚」の影響だろうか。(撮影・山之上雅信)
「蕎麦 ふじおか」でせいろを頼むとまず前菜の野菜料理が出てくる。それから自家製粉の十割せいろ。食べ終わった頃に約10種類の漬物とともに、そば湯が染付の急須に入れられ運ばれてくる。そば猪口の底に残ったそばつゆにそば湯を注ぐ。どろりとして、そのままではそばつゆに混ざらない。箸でかき混ぜてようやく混ざった。聞きしに勝る濃厚なそば湯である。しかも、味わいが深い。旨い。そば湯がそばの副産物でなく、考え尽くされた料理の一つのような印象を与える。
「そば粉100パーセントのそばなので、ゆで時間が15秒から20秒と短く、そのためそば湯にならない。お湯を出すのでは失礼と思い、自然の流れで釜湯でなく別につくって出すようになりました」
と藤岡さんがポタージュ系そば湯誕生の理由を語る。つくり方はそば粉をあらかじめ水で濃いめに溶いておく。それに釜湯の湯を足して煮立ててつくる。そば粉は黒姫産のそばを自家製粉した、せいろと同じもの。打ち粉も自家製粉しているが、味を考えると打ち粉よりもそば粉のほうが格段に旨いからだ。
藤岡さんはそば湯だけでなく、そばがきにも新しいスタイルを編み出している。従来の、かき上げたそばがきをそば湯か湯に入れたものでなく、練り上げたままを器に盛ったシンプルなそばがきである。そば湯といい、そばがきといい、藤岡さんの独創的な発想はどこからきたのか。

- 「蕎麦 ふじおか」のせいろ。この凛としたそばだからこそ濃厚ポタージュ様そば湯が似合うのだろう。
「特定の店でそばの修業をしなかったので、しがらみがなかったからではないかな。初めの店がうどん文化圏の松阪にあったことも、かえって発想が自由になったのでしょう。昼間だけの営業や禁煙、子供の入店不可など周囲からなかなか理解されずにいましたが、逆に自分勝手なことができた」
松阪にはそば屋がほとんどなく、客はそば湯の存在さえ知らない。そんな環境だからこそ新しいそば湯が生まれた。もちろん、どこまでもそばの旨さを追求する姿勢がなくては実現しなかったはずだ。自家製粉、手打ちの旨いそばを出す店でポタージュ様のそば湯に出会うことが多いのは「濃いそば湯はおいしいから」、この一語に尽きるだろう。
では、本格的な手打ちそば屋のそば湯がみな濃いかというと、単純な図式では割り切れないものがある。たとえば、そば名人といわれた「一茶庵」の故片倉康雄さんは、弟子の「村屋東亭」(茨城・鉾田町)の渡邉維新さんによれば、そば湯にはあまり関心がなく、ノーマルな釜湯派だった。「竹やぶ」(千葉・柏)の阿部孝雄さんもポタージュ系は好きではなく、釜湯のそば湯を出している。「たまには濃いそば湯もいいが、長く続くと飽きる」というのだ。

- 「蕎麦 ふじおか」の主人・藤岡優也さん。独創性とそばを見極める力にはいつも驚かされる。
年齢で見ると「三合菴」(東京・白金)や「玄」(奈良)のように、比較的若い主人の店にポタージュ派が多いのは事実である。しかし、若い世代でも釜湯派もいて一概には言い切れない。老舗と新興の違い、料理人の年齢、経歴などの要素でそば湯の系統を分けることは難しいところだ。釜湯派の「竹やぶ」でも、4月オープンの六本木店では釜湯とポタージュ系の中間の濃いそば湯を出す。水にこだわった新しい店には従来と違うものがふさわしいとの読みである。いわば、店とそばのありようによってそば湯を変えた例だ。
そば湯もそばと同じように好みは人それぞれ。正しいそば湯というものはない。店によって、そばによって、そばつゆによって、そして料理人と客の好みによって変わっていくものであろう。ただ一つ、いろんなそば湯が供されるようになった結果、そばの出来を語るが如く、そば湯の濃さと旨さ、そばつゆとの相性を語れるようになったことだけは確かである。
蕎麦 ふじおか
独自の世界を追求する石臼自家製粉そばを堪能する
-
「蕎麦 ふじおか」が有名なのは、もちろんそば湯やそばがきがおいしいからではない。それらも魅力の一つだが、まず第一にそばが素晴らしい。地元の農家が契約栽培、天日干しした玄そばを自家製粉している。前日に磨いておいたものを当日の朝に殻をむき石臼で挽いて十割で打つ。口に含めば、挽きたてのそばの香りと豊かな味わいに圧倒される。
黒姫高原に移転してから、地元産そばに合わせてそばつゆを変えた。かえしをやめて毎日つくり、そばの甘味が落ちているので甘味を少し加えた。せいろに付く野菜料理と漬物も、その種類が年々増えている。この黒姫の地が藤岡さんのそばと料理に大いなる影響を与えたといえよう。
店を訪れた客は周囲の森と高原の風と、店を流れる静謐な雰囲気とともに、そばと料理を味わい尽くす。そのすべてをひっくるめた魅力が「蕎麦 ふじおか」である。長野県上水内郡信濃町
野尻字山桑2090-28
[営]11:30〜14:00(売り切れ仕舞い)
[休]水曜 木曜 [カード]不可
●せいろ(野菜料理、漬物付き)2000円、おかわり一枚800円、そばぜんざい800円。酒は、鄙願 大吟醸1200円。10歳以下の入店不可。
●上信越自動車道信濃町I.C.より車で約5分、JR信越本線黒姫駅よりバスで山桑下車徒歩約8分、またはタクシーで約10分。
これからの季節、店の外に行列ができることも少なくない。売り切れ仕舞いゆえ、早めに到着したい。
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