リンゴ可愛や、カルヴァドス

カルヴァドス

 
 
吉村喜彦 = 文岡倉禎志 = 撮影松涛倶楽部(渋谷) = 協力
 
 

 秋風が吹くとリンゴの季節。サクッサクッと囓る音は初秋の微かな寂しさに似合っている。

 リンゴは人間にとって実に因果なくだものだ。アダムとイヴはリンゴを食べたおかげで楽園を追放されてしまった。あの色と姿かたち(球形だけれど、キュッと真ん中がおへそのように窪んだかたち)に人を魅了してやまないものがあるのではないか。

 北原白秋はリンゴに惹かれた詩人で、若き日に姦通罪で収監され、出獄したときに、

  監獄(ひとや)いでて

  じつと顫(ふる)へて噛む林檎

  林檎さくさく

  身に染みわたる

 という歌を詠んでいる。

 また、死の直前、流動食すら受けつけない状態の白秋は、驚くべきことに、最期にリンゴを二片食べたという。

 カルヴァドスはフランス北西部ノルマンディー地方特産のアップル・ブランデーのこと。

 ノルマンディーといえば上陸作戦の枕詞のようになっていて、映画『プライベート・ライアン』の冒頭シーンが記憶に新しいが、この地方は映画の舞台になることが多い。クロード・ルルーシュの『男と女』、ミシェル・ルグランの音楽で有名な『シェルブールの雨傘』もそうだ。何れの映画も雨や雪が情感を盛り上げている。穏やかな気候だが、海の影響を受けて湿度が高く、霧のような雨が降る。その雨がリンゴと物語を育んでいくのだ。

 ノルマンディーには900万本、300種類のリンゴの木が植わっている。シードル用リンゴと言われるもので、食べても酸味や苦みが強く、決しておいしいものではない。シードルとはリンゴ・ジュースを発酵させたものでアルコール度数5?6度。それを蒸留するとカルヴァドスになる。2回の蒸留後、ホワイト・オークの樽で貯蔵熟成される。

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果実が小さいうちに瓶をかぶせ、中にリンゴを封じ込めたものも。手前は、カマンベールにパン粉をまぶし、カルヴァドスに浸したもの。甘酸っぱい香りがしみている。

ウイスキー同様、樽材の成分(主にタンニン)によって液体は黄金色に、そして琥珀色になっていく。蒸留酒としては珍しく酸味がある。

 友人のバーテンダー・児玉亮治さんは言う。

「コニャックもカルヴァドスもフェミニンな蒸留酒だと思いますが、コニャックは円さを目指してブレンドするので、ふくよかなイメージ。カルヴァドスはスレンダーだけれど、しなやかな女性のイメージ。ブランドごとに個性があって、味や香りの差が大きいです。熟成を重ねると、よりいっそう凛とした風情が漂いだすんです。きれいな感じの女性がよくオーダーされますよ」

 甘酸っぱさと清冽さをもったリンゴは、人間の業と浄化の象徴。そう理解する知性を備えた人がカルヴァドスを飲むのかもしれない。

 カルヴァドスはリンゴ酸を含み消化を助けるので、食後酒としてベスト(ことに同じノルマンディー産のカマンベールとよくあう)だが、魚料理と肉料理の間に1杯ストレートでキュッと飲むと不思議なことに食欲が再び湧く。ノルマンディーの人々は、この1杯のカルヴァドスを「ノルマンディーの穴」と呼んでいる。食前にはカルヴァドスを冷えたリンゴ・ジュースで割ると、上品な甘みが体をほどいてくれる。喉が渇いたときは、トニック・ウオーター割りも美味い。

 
 
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