愛媛「ひゆうが」「さつま」、
大分「りゅうきゅう」、宮崎「冷や汁」……
汁かけ飯トライアングル
謎解き行脚
鹿児島の古名「さつま」を冠した同様の料理が海峡を挟んで、四国と九州に存在する!?
謎だらけの汁かけ飯の聖地を結んだトライアングル地域を行く2泊3日。果たして、謎は解けるのか?

- 海峡を挟んで、九州に一番近い町は、長さ約50kmと日本で一番の長さを誇る岬・佐田岬の先端部にある三崎町。豊かな漁場を抱える漁師町だ。
沖縄の豚飯(とぅんふぁん)・菜飯(せーふぁん)、大阪のあも茶、埼玉のいもとろ飯、、福井のゴボウのぼっかけなどなど、わが日本列島、各地に汁かけ飯あり。今日も暑いさなか、何万という人が箸と茶碗、はたまた丼を持ち、汗をかきつつ汁かけ飯をかき込んでいるはず。その汁かけ飯、食材を見ていくと、海魚、川魚、獣肉、野菜などなど、郷土色を色濃く反映。実にバラエティーに富んでいるのである。
「広島のうずめ飯ってウサギ肉を使うのか?」など時に驚き、時に感心し、頭の中に大まかな分布図を描きつつ郷土料理本の頁を繰っていた日のこと。ふと、気づいた。九州・四国・中国地方の汁かけ飯の多さに。この辺りは、まさに汁かけ飯の密集地。かつては年中さまざまな汁かけ飯が食べられていたようなのだ。

- 大分県の別府港に、愛媛県の八幡浜、三崎と結ぶフェリーの発着場がある。かつて藤原純友率いる伊予水軍が行き来していた海を渡る小さな旅だ。
さらに突っ込んでいくと、また大きな発見が! 「さつま」「ひゆうが」「りゅうきゅう」……古地名のついた汁かけ飯が愛媛県や大分県などその地名と異なる場所に存在している。しかも、海を挟んで九州と四国、それぞれに存在する同名の汁かけ飯もあるのだ。
謎は深まるが、そもそも汁かけ飯は家庭で食べる日常食。ハレかケかといえばケの料理で、東京の郷土料理屋でもなかなかお目にかかれない。なれば、と一念発起。愛媛、大分、宮崎を結ぶ、汁かけ飯トライアングル地域に2泊3日の駆け足行脚に出た。
愛媛:西端は九州が目と鼻の先
早速の新事実発覚。ひゆうが=りゅうきゅう!?

- えびすや旅館の主人・平碆善幸さんは生粋の三崎っ子だ。えびすやは宿泊者でなくとも昼、夜ともに料理だけでも楽しめる。電話:0894-54-0013

- 写真手前がりゅうきゅう。鯛の刺身を漬け込んだ卵だれは甘醤油や味醂が入った甘辛味。ほかほかのご飯に味加減をみながらかけて食べる。奥は、佐田岬自慢の岬鯵を使った「さつま」。
1日目。出発点は愛媛県松山空港。八幡浜を経由し、西に、つまりは対岸の九州・佐賀関に向かって細長く伸びている佐田岬の漁師町・三崎へ向かう。お目当ては、「ひゆうが」と「さつま」である。
1時間余りのドライブで潮の香りと色濃い緑を満喫し、宿に到着。旅装を解く間ももどかしく、女将にあれこれと聞く。「さつまは年中食べますよ。ひゆうがですか? この辺りではりゅうきゅうって呼んでいるんですよ」。新事実発覚! 地域によって二つの古地名で呼び分けられる汁かけ飯が存在するのだ!
つくってもらったひゆうがとさつまは素朴で飽きがこない味わい。「さつまというから、お芋入り? なんて思ってました」と九州から海を渡ってお嫁入りしてきた女将。「大分にもさつまがあるのでしょう? 九州は目と鼻の先。同じ漁場で働く漁師同士の交流で運ばれた可能性もあります。りゅうきゅうもひゆうがも南から黒潮に乗って流れ着いた人が伝えたのかもしれない。町内に天然記念物のあこう樹があるでしょう? あれも南から流れ着いた種が発芽したものなんですよ」との主人の話に思わずうなずく。
【りゅうきゅう】は豪華版卵かけご飯なり
三崎町では「りゅうきゅう」に、鯛など白身の魚を使用。火を使わない料理だ。「夜、刺身で出して残った鯛をりゅうきゅうにし、翌日の朝食にお出ししています」とは、料理旅館の女将・平碆(ひらはや)アケミさんの言。鯛入り卵かけご飯といった風で、朝からでもするするとお腹に収まる。

- ●つくり方
[1]鯛を三枚におろす(A)。
[2]中骨を取り、皮をはずす。
[3]薄めにそぎ切りにする(B)。
[4]深めの皿か容器に、全卵を割り入れ、溶きほぐす。
[5][4]に甘醤油、味醂、日本酒、砂糖を加え、混ぜ合わせる。
[6][5]に[3]を加えてさっと合わせ(C)、白胡麻をふる。
【さつま】の魅力は香ばしい香りにあり
熱々のご飯に、ほの温かいさつまの汁をたっぷりかける。鼻をくすぐる焼き鯵の香ばしい匂いが食欲をぐっとそそる。素朴ながら味わい深い漁師料理である。

- ●つくり方
[1]鯵を中まで火が通るよう、じっくり焼く。
[2]骨から身をはずし(A)、小骨を取り除く。
[3]身をすり鉢に入れてすり(B)、なめらかになったら、麦味噌、味醂、日本酒を加えてさらにすり混ぜる。
[4]はずした骨を煮て、だしをとる(C)。
[5]だしを少しずつ[3]に加え、よく混ぜ合わせる。
熱いご飯にかけ、ねぎの小口切り、生姜のせん切りを添える。

- 三崎漁協直営の物産センター「漁師物語り」内のレストランでは、さつまが夏季の目玉メニューに。昔はエソなど安価な白身の魚を使ったが、今は、三崎の看板魚・大きな岬鯵を使うのが主流だ。
新鮮な魚介や干物なども販売。
電話:0894-56-0860。松山に支店もあり。
大分:いろいろな文化が交錯する地

- 古代文化の遺跡を数多く残す国東半島を抱える大分県。県南部と北部で食生活も異なるといい、「だんご汁」「やせうま」など、知名度の高い郷土料理も多い。

- 二人揃って元は教師だった金丸さん夫妻。現在は伝承食工房「とうがらし」を主宰し、郷土の食から生活を見直そうと、さまざまな活動を行なっている。
2日目。八幡浜からフェリーに乗り、約2時間で別府へ。さらに特急で国東半島の付け根を縦断。宇佐近くの柳ヶ浦にて、郷土料理の伝承に力を注いでいる金丸佐佑子さんに「りゅうきゅう」と「うれしの」、「お茶漬け」をつくってもらう。
「使う魚が違うだけで、どれもお茶漬けですよ」と金丸さん。「その時々に獲れる魚を使うんです」。魚屋では「茶漬けに」と言えば、刺身よりやや厚めに切ってくれるし、スーパーマーケットでは「りゅうきゅう用」とした刺身もあるとか。今でも、それほどにポピュラーなのだ。「醤油に漬けるから残り物の生魚を保存できる。魚がよく獲れる、この土地ならではの料理だと思います」。
うれしのには、豊漁で2日続けて鯛茶漬けを食べた殿様が「うれしいのう」と言ったからなど名称のユーモラスな由来が伝えられているが、正解は不明。「大分はキリシタン大名・大友宗麟の支配地。黄飯というパエリャみたいな米料理もあるんです」とさらに金丸さん。交易や漁師たちの行き来でもたらされたいろいろな土地の料理と、地元の料理や食材がからみ合って、九州・四国の汁かけ飯も誕生したのかもしれない。
【お茶漬け】はその日に入る魚で

- 番茶を回しかけると、コチにうっすら火が入る。この辺りでは、鹿児島などと同様、甘味のある醤油が定番。何杯でもお代わりできそうな優しい味わいだ。
「りゅうきゅうもうれしのも皆、お茶漬けの仲間」と、郷土料理の伝承に力をそそぐ金丸佐佑子さん。「保存がきくので、漁師の家庭では朝獲れた魚を漬けて夜に食べ、それ以外の家庭では、晩ご飯の残り物の魚を漬けて朝に食べたりしていたのでしょう」とも。その日に手に入る魚を使うそうで、この日はコチのお茶漬けとなった。

- ●つくり方
[1]コチの鱗を取り、頭をはずす。三枚におろし、皮をむく(A)。
[2]そぎ切りにする(B)。
[3]すった白胡麻、甘醤油、日本酒を合わせ、[2]を加えて30分以上置く(C)。
熱いご飯にのせ、番茶をかける。好みで、薬味を添える。
【うれしの】もお茶漬け

- 手前が鯛を使ううれしの。奥は鯵のりゅうきゅう。おいしくつくる最大のコツは、「新鮮な魚を使うこと」だそうだ。茶を注がず、そのままご飯と混ぜて食べても。
「りゅうきゅうは鯖や鯵などの青魚を使ったもの、うれしのは鯛を使ったもの。つくり方は、お茶漬けと同じですよ。つくるのも食べるのも10分とかからない。しかも、醤油と酒に漬けるから保存もきくでしょう。忙しいときにもってこいの料理です」。
金丸佐佑子さんは今年3月に退職するまで、家庭科の教師をしていた関係上、大分全域の郷土料理にも詳しい。大分と一口に言っても宇佐などの県北地域と、佐伯など県南地域では郷土料理にも違いがあるそうだ。たとえば、県南でポピュラーなさつま。県北ではほとんど食べることはないという。
宮崎:豊かな大地に豊かな実り
黒潮とともに北上した!? 汁かけ飯大移動

- (写真左)岩倉幹子さん<右側>と友人の日高ゆかりさん。それぞれ自分の家の冷や汁を持ってもらった。
(写真右)すり鉢でいりこをする岩倉家のお母さん。

- 千の家庭に千の冷や汁あり。手前は、日高家風で、豆腐入り。まろやかな味わいだ。奥が岩倉家風。いりこの香ばしさと、きゅうりのシャキシャキ感が爽やかでこれまた旨し。
いよいよ最終日。「冷や汁」に出会うために宮崎へと向かった。案内役は西都市の焼酎蔵元・岩倉酒造場の岩倉幹子さんと佐土原町の農家の婦人会・こすもす会の面々だ。
「栄養たっぷりで食べやすいし、食欲が落ちる夏には欠かせないんですよ。昔は基本はいりこと味噌。で、その日あるものを具に、井戸水でつくっていたようです」と、こすもす会の永野カズエさん。
つくり方はというと、味噌を炙ったり炙らなかったり、豆腐を入れたり入れなかったり。家庭によって微妙に違うよう。鹿児島や熊本にも冷や汁ありと聞くが、これまた、いろいろなバリエーションがあるのだろう。日常的に食べられる料理とはそういうもの。日常食としての姿を失ってしまった郷土料理が多い中、冷や汁、ひいては九州・四国トライアングル地域の汁かけ飯はいまだバリバリ現役の郷土料理だったのだ。
そして、もう一つ。冷や汁は、愛媛と大分のさつまに酷似している! 大きな違いは魚使いの点だけ。生魚が手に入りにくいところでは干し魚のいりこを使い、海岸近くでは生魚を焼いて使ったということなのだろう。九州東岸と四国西岸は、黒潮の流れを汲んだ豊後水道を挟んで向かい合っている。冷や汁とさつまもりゅうきゅうなどと同じく、黒潮とともに南から北へと伝えられていった料理なのかもしれない。そんなことを考えつつ、駆け足の行脚を終えた。
さまざまな謎解きの答えは、一端を垣間見たものの、不明のまま。バミューダ然り。トライアングルの謎は、やはり永遠に解けないものなのかもしれない。
いりこの香ばしさが光る岩倉家風【冷や汁】
焼酎の蔵元である岩倉家は、母娘揃って大の冷や汁好き。「宮崎の夏はとても暑いの。食欲が落ちたときでも、冷や汁なら朝からさらさら食べられる。栄養も豊富で、忙しいとき、子供に食べさせるのにぴったり。夏以外にはつくらないけれど。ご近所でも全然味が違うのよね」と岩倉家のお母さん。

- ●つくり方
[1]いりこの頭と腹を取り、からからになるまでフライパンで煎る。
[2]粗熱が取れたらすり鉢ですり(A)、白胡麻、豆味噌を加えてさらにする。
[3]少しずつ湯を注いでのばし、薄切りにしたきゅうり、せん切りにした紫蘇を加えて混ぜる(B)。
[4]よく冷やして温かいご飯にかける(C)。
こすもす会風【冷や汁】は豪華!
県東部の佐土原町は土壌と気候に恵まれた農産地。「冷や汁に入れるのは、み?んな、町でとれたもの」と農家の奥様の集まり「こすもす会」の面々も自慢げ。「家庭の味だからね、具はその日あるものでいいんですよ」と、それぞれわが家流の具を合わせ入れての豪華版冷や汁をつくってくれた。

- ●つくり方
[1]煎ったいりこをすり、白胡麻、ピーナッツを加えてさらにする(A)。
[2]合わせ味噌を加えて混ぜる。この後、鉢の内側に薄くのばして塗り、火で軽く炙ると香ばしくなる(B)。
[3]湯で少しずつのばし、豆腐、きゅうり、紫蘇などを加えて冷やす(C)。

- 永野カズエさん率いる「こすもす会」は総勢14人。地域の祭りなどにも積極的に参加している。元気なお母さんたちだ。
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