フランス
パリ編

パリきっての伝統的なビストロ

 
 
在パリ
戸塚真弓 = 文と写真
 
 

 ある時、東京からパリに着いたばかりの知人が、「『ブノワ』で昼食をしたい」と言い、私は腹の中でギョッとした。ふところ具合からすれば、「そうね」などと呑気に相づちを打つわけにはいかなかった。

 なにしろ、「ブノワ」は値段が高い。素材のよさと料理の旨さから正直に評価すればあたりまえなのだが、パリでは、「シェ・ラミ」と共に値段の高いことで有名である。それでいて、ミシュランの三つ星がついた店でもなく、超豪華なクリヨンやリッツなどのホテル内にある高級店でもない。

 だが、もう超一流店の洗練された味にはあきた、高級店のような飾りもうやうやしさもいらない。でも、何か旨いものを食べたい。それも気楽に。そして、厚目の白い木綿のテーブルクロスとナプキンは、ぜひ、欲しい。それからしつけの行き届いた愛想のいい給仕人も。雰囲気は家庭的な温かさがあれば申し分ない。金は、ちゃんとある。などと考える人に、この店はまさにピッタリである。

 パリ市庁舎、デパートのB.H.Vなどが目と鼻の先にあり、B.H.Vと市庁舎の間のリボリー通りは流行の先端を行く様々な商品を安く売る大衆的な店が軒を並べ、一年中ごった返している。だが、B.H.Vの左脇から二本目の道のマルタン通りは、木立があり、パリの古い面影を残している。

 地下鉄のシャトレ・レアール駅あたりに、パリの胃袋といわれた中央市場があった頃は、市場に買い出しにくる食料品店の主や、料理人などの食いしん坊を相手にする大・小のビストロが市場のまわりにひしめいていた。

photo
BENOIT
ブノワ
20,rue St.Martin 75004 Paris
TEL:01-42-72-25-76
営業時間/12時〜14時、20時〜22時
無休(毎年8月は休み)

「ブノワ」はその中のひとつであり、リヨン料理で鳴らし、初めから、おいしさでトップクラスであったという。

 店は1912年の創設であり、老舗のビストロらしい古風な店構えである。現在の当主は四代目。代々、開店当時からの評判を立派に維持し、旨い料理を出す。珍しい例だ。ゴーエミヨのガイドでは16/20点、ミシュランでは一つ星という高成績である。この頃、有名な老舗のビストロの多くは、企業家の手に渡り、味が画一的でおいしくない。

 前菜にパヌケ・ド・ユイトル・ショオ・ブール・ド・ジャンジャンブル(165フラン)。牡蠣に生姜汁をたらしてほうれん草の若い葉でくるんで蒸し、バターソースをそえたもの。牡蠣の風味と香り立つ生姜の風味のバランスがよく、バターソースも軽い仕上がりで、実においしかった。

 主菜は、帆立貝のメゾン風(210フラン)。帆立貝は両面をこんがりと焼き、白い五弁の花のように盛る。そのまわりをじゃがいものピュレの壁で囲む。その中に、エシャロットと白ワインとバターでつくったソースをたっぷりそそぐ。そんな感じだ。帆立貝という豪華な素材に、シンプルな調理のじゃがいものピュレと、白ワインとバターの伝統的なソース。ブルジョワ家庭のごちそうであったようなシンプルな料理。でも、今では、こういう料理を出す店がなくなってしまった。帆立貝を5個も盛れないから、つけ合わせの料理をゴテゴテ飾り、ソースでごまかすのだ。

 デザートはムース・オウ・ショコラ。チョコレートの質の高さといい、チョコレートの量といい、ねっとりとしたムースの加減といい、正真正銘のムース・オウ・ショコラだ。

 ワインは白の小びんのサヴィニエール、"96年産(110フラン)で枯れたヴァン・ジョーンヌの味。前菜にも主菜にもよく合った。でも、赤ワインをちょっとだけ飲みたくて、グラスに一杯の赤ワインを注文したら、「ブノワ」ご自慢のボージョレのブルイ(一杯38フラン)を出してくれた。旨い。かき氷のいちごのシロップにも似た味があり懐かしい。舌に荒々しさを感じるが、なぜか、それが快い。他にムーランナヴァン、ジュリエナなどがあるが、いずれも樽買いで、ビン詰めは「ブノワ」の酒蔵でしている。

 
 
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