激白。あの有名人9人の土壇場、修羅場、正念場
私が絶望しない理由
- 河合 薫
- かわい・かおる
各界トップランナーから聞き出した
「勇気」のリソース
「ストレスに対処する能力は、『人生を通じて人間が元気でいられるように働く能力』で、その個人が持つ感性や信念、価値観、さらには知識、認識、理解、経験などに基づいている。人間のストレスに対処する能力が注目されるようになったのは、イスラエルの健康社会学者 アーロン・アントノフスキーがナチスの収容所から生還した人たちの健康度調査を行ったのがきっかけだった。それまで医学の世界では、『人間が病気になる原因=リスク要因(ストレッサー)』を突き止め、それをなくすことが、人間が心身ともに健康になることだと考えられていた。であれば、人生最大のリスク要因ともいえるナチスの収容所での経験を持つ人々は、なんらかの心の傷や心身のトラブルを抱えた生活を生還後も送っているはずである。ところが、アントノフスキーの行った調査では29%もの人々が、心身ともに良好でうまく社会に適応し、『収容所での経験は、自分の人生に必要なことだった。この困難は乗り越えなくてはいけない出来事で、たいへん意味のあることだった』と認識していたのだ。
──ひょっとすると、人間にはストレスを退治する力があるのではないか。その部分を明らかにしない限り、真の元気になる秘密は明らかにできない──。
そう考えたアントノフスキーは、その後も調査を積み重ね、ストレスに対処する能力を、sense of coherenceという概念で説明した。そして、sense of coherenceが単なる性格傾向ではなく、生育環境や人生経験を通して『後天的に育まれる能力』であり、人生の危機にうまく対処し乗り越えることでさらに高まることを示したのだ。
(中略)
実際にインタビューを重ねるうちに、彼らが危機を乗り越えた経験でひと回りもふた回りも強くなっていることを痛感した。同時に、決して理論だけでは語り尽くすことのできない人間の複雑さと人間臭さを知ることができたことは、私自身、興味深いものだった。彼らの語りだけで、彼らのココロを読み解くのは難しい。だが、彼らがいかにして『生きる力』を高めたのかをほんの一端でも知ることができれば、それは私たちの財産になる。また、今回のインタビューで、彼らは生まれ育った環境、天性の素質、物事への認識の仕方、価値観など千差万別でありながら、共通して『結果だけを求めて行動していない』人物だったと気付かされたことも、大きな発見であった」
(──本書「エピローグ」より抜粋)
本書は心理学の技術を投入し、幅広い分野で活躍する著名人9人に《成功した理由、逆境に負けなかった理由》を聞いたインタビュー集です。貧困、闘病、失敗、裏切り……成功者たちが語る壮絶な体験は、キャリア形成途上のすべての読者にとって、非常に価値ある一冊となるでしょう。
プロローグ
I.社会的評価──渡邉美樹 ●ワタミ代表取締役社長・CEO
──目の前で最愛の母が亡くなり心の支えを失った。それから半年後に追いかけるように父の会社が清算して家にお金が全然なくなった。だからたった半年の間に精神的な支えと物質的な支えを全部失ったんです。「僕はもうあと数日で死ぬんだ」とか、「ここでこの葉っぱにさわらなかったら僕は死ぬ」とか、いきなり思い込んじゃう。完全にノイローゼになってたんでしょうね──。
II.アイデンティティ──たかの友梨 ●たかの友梨ビューティクリニック代表
──私は人生を3回生きたような気がしています。1回目が幼少期。この時期は親の人生に翻弄されて、私自身の努力ではどうすることもできなかった。2回目が中学を出た後、女として生きた20年。3回目が、「たかの友梨ビューティクリニック」に専念して、経営者として生きることを決めた人生です。一番辛かったのは、女に決別して「仕事」に生きていこうって決めた時です──。
III.自己肯定感──武田双雲 ●書道家
──今までは、全部攻めの人生で、ストレート、ストレートで打ちっぱなしだった。それが仕事を依頼されることが多くなって、「ちょ、ちょ、ちょっと待って」と、戸惑っているのがこの1年です。今までそんなにもてたこともなかったから。もっとなんかできそうだと調子にのる自分と、全くそう思えない自分が交互にやって来る。自分が「何がやりたかったのか」わからなくなってしまったんです──。
IV.自尊感情──森永卓郎 ●経済アナリスト
──小学校6年の時にやっぱりいじめられたんです。ところが、自分でもびっくりするような出来事が起こった。たぶん、これが一番の転機になったんだと思います。いじめっ子からいつものように殴る蹴るされている時に、鉄でできたビー玉をいじめっ子にぶつけたら、いじめっ子が泣き出したんです。その時にあれっと思ったんです。なんだ、意外と弱いじゃん(笑)。なんだ、闘えば意外といけるのかもしれない。たぶんそこが自分の中では凄く大きな転機でしたね──。
V.情動中心型対処──大石佳能子 ●メディヴァ代表取締役
──中学2年で日本に帰ってきたら、日本のほうがアメリカよりもっと合わなくて、「なんなんだよ!」とがっかりしましたね。はじめは学校でも外地帰りってことで注目集めて「目が大きくてちょっと可愛い」とすぐに友人ができたんです。ところが、私がわりに成績がいいのがわかると、みんなの態度が急変して。突然、「あなたにはノート貸してあげない」とか、一気に女の子たちがいじめるようになったんです──。
VI.ポジティブな感情──鈴木亜久里 ●SUPER AGURI F1 TEAM代表
──僕は何歳で何をするかは、全部決めていました。30歳までにはF1に乗る、35歳でF1をやめる。45歳までにはF1のチームを日本でつくる。でもF1チームだけは正直「やんなきゃよかったな」って思ってる。でも、やんなかったら、「なんでやんなかったんだろうな」と思ってるだろうし。苦しい時はあるよ、そりゃ。でも、自分で決めたことだからしょうがないじゃん──。
VII.サポートネットワーク──中村紀子 ●ポピンズコーポレーション代表取締役
──夫の会社が倒産した時も「なんとかなる」と思うようにしていました。でも実際に収入が完全ストップした時は辛かった。ある日、新聞屋さんが来た時お財布にお金が入っていなかった。娘が声を出すと、家にいるのがばれちゃうから、お布団かぶって、新聞屋さんがあきらめて帰るまで、「静かに、静かに」って娘を抱えていた時はさすがに涙が出ました──。
VIII.自己受容──清宮克幸 ●サントリーラグビー部監督
──僕はラグビーと出合うまでは、かなりいろいろな経験をしました。スポーツも経験したし、いわゆる番長、不良みたいなグループの生活もしました。喧嘩して、警察にお世話になったことも、もちろんあります。もし、ラグビーに出合わなかったら、周りの仲間と同じように裏の人生に行ってたでしょうね。あのころは、自分が生きる場所を探していたんです──。
IX.人格的成長──西室泰三 ●東京証券取引所会長
──東芝にちょうど入社したころですかね。脚がだんだん弱くなってきて筋肉が動かなくなった。最初は何が起こったかわからなかった。東大病院で最初に診てもらって、そのあとも、あちこち診てもらいました。結局、どこも結果は一緒で、筋肉が衰えていく原因不明の難病に違いないと。脚から始まって、だんだん上のほうの筋肉まで衰えていって、心臓まで行ったら終わり。余命、5年と宣告されたんです──。
エピローグ
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